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通り雨が、校庭を浅く濡らしていく。
部活に勤しむ体操着の者達。レクリエーション大会に向けて特訓をしていた普段着の者達。多くの生徒達が校舎に向かって走ってくる様が見える。
大会まで残り十日。練習に本腰を入れているクラスも少なくないようだ。
部費申請の検算をしながら、私は窓の外を見つめた。
放課後の生徒会室では、多くの執行部員が集まり各々の仕事に当たっている。それでも忙しさによる騒がしさはなく、代わりに時折和やかな談笑が聞こえるような余裕があった。
「若林さん、大丈夫?」
「えっ!?」
後ろから不意打ちで声をかけられ、胸が跳ねる。
椅子に座ったまま振り返ると、不安げな顔をした堀米と目が合った。
「ど、どうして?」
落ち着かない胸を押さえ問うと、堀米は私の手元へ視線を移した。
「しばらく電卓が止まってたから、珍しいなと思って」
「あ……」
電卓には中途半端な数字が表示されている。
計算途中だったのだろうが、どこまで計算したのか覚えていない。
気遣いの塊の堀米は、私が電卓を叩いている最中に話しかけてくることなどない。つまり私はそれなりの時間、ぼんやりと手を止めていたのだろう。
「調子悪い?」
「そんなことは……」
「おい、サキ」
心配を否定すると、堀米の後ろから声が飛んできた。
気だるげな口調に釣られて声の主を見てしまう。
椅子にもたれた柚木が、だるそうに堀米を呼ぶ。
ただそれだけの光景に、私はコクンと息を呑んだ。
「レク大委員が、駐車場誘導の動線を相談したいんだと」
「分かった。文化祭の資料を持っていくよ。今日かい?」
「だと思う」
柚木が命令し、堀米が応える。
見慣れた図であるのに、交わした言葉にはどこか違和感があった。
柚木の言葉には『いつ』『どこで』などの具体性が欠けている。
更に指示の仕方も『何々をしろ』という明確なものでない。
いまいち普段のようなキレがない。
と思うと、普段は一応分かりやすく指示をしていたのだということにも気付く。
「……頼むわ」
弱々しい声で言うと、柚木は背もたれにぐったり寄りかかった。
私は再び机に向き直り、書類に目を通す。
落ち着かない心がどうにか鎮静することを願いながら。
橋爪に『柚木とお似合いではないか』とからかわれてから一週間余りが経過していた。
あの時憂いていた柚木の体調は、ここ最近下り坂を辿る一方だった。最近では生徒会室に来ない日もあるほどだ。
彼を必要以上に気にしてしまうのは、『働き方改革』を唱えた途端に調子を崩したリーダーへの心配か。
はたまた個人的な関心の高さか。
深く考えれば考えるほど、ドツボにはまる。
だからと仕事に専念しようとするも、中々集中することができない。
「行ってきます」
「! う、うん。行ってらっしゃい」
堀米が声をかけて退室する。
応える私の声は緊張でどもっていた。
そしてまた電卓の手が止まっていることに気付き、溜め息を吐く。
六月の私は恐ろしいほどポンコツだ。
一緒に出かけただけの堀米を気にして、まともに話をすることができない。
だというのに「会長とお似合いかも」と言われた日からは、柚木のことでも思考が乱れる。
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