4話 忙しい時こそ計画的に

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 堀米を前にすると、ドキドキして、たくさんの感情が沸き上がる。  彼の一挙手一投足に目を向けてしまう。けれど目が合えば恥ずかしくなって、逃げ出したいような気持ちになる。貰った言葉は全て嬉しいのに、顔を見ればそれが一気に頭を駆け巡りパンクしそうになる。  せめてごちゃごちゃ考えることなく隣を歩けるようになりたい。そのためにはもっと可愛くならなきゃと、自分への叱咤が強くなる。  対し柚木を前にすると、ときめく訳ではないけれど『お似合い』という言葉がちらついて、そこで思考がストップする。何も考えられなくなってしまう。  前に進まなきゃという気持ちも宙に浮いて、ゴールに辿り着いてしまったような虚脱感と浮遊感を覚える。  人は恋をするとフワフワした気持ちになって、恋愛以外のことがどうでもよくなってしまうらしい。  ならば堀米に対するときめきはただの憧れで、私は柚木に恋をしているのだろうか。そう思ってもどこかしっくり来ない自分がいて。  そうして会話も業務も、全てがギクシャクしてしまうのだ。  まるで油を差していないブリキ人形のように。 「はあ……」  私は机上の書類を散らしながら、視線を宙に彷徨わせた。  諸々の原因は分かりきっている。  私の恋愛偏差値が圧倒的に低いことだ。  弟がいるため男性に免疫がない訳ではない。  しかし浮いた話の一つもなかった私は、不測の事態に弱すぎる。  だから他人にとっては何でもないことでも大げさに受け取ってしまうのだ。  デートだ、お似合いだと冗談半分で言われれば真に受けてしまうほどに。  すうっと息を吸い込んだ。  冷静にならなければならない。  本物の『デート』ではない。  本物の『お似合い』ではない。    必要以上に照れたり反応したりを繰り返しているのは、私の自意識過剰だ。  洒落っ気より業務を優先してきた生徒会の中で、今更恋愛の機会が訪れるはずもない。  「よし」と呟いて書類を並べ直す。  今ここで自分に必要とされているのは処理能力だけなのだ。こればかりは(おろそ)かにする訳にいかない。  集中できないなりに向き合い、ようやく一団体の検算を終えた時だった。  ガラリ。 「戻りました」 「失礼します」  戸が開き、聞こえた堀米の声にドキッと反応してしまう。  思わず入口を見れば、堀米が見覚えある人物を連れていた。 「こちら、レク大実行委員会の委員長さん。今日は生徒会室で相談したいって。トウヤ、今時間大丈夫かい?」 「おう。……すみません、よろしくお願いします」 「お願いします」  柚木が頭を下げるとレク大実行委員長も挨拶を返す。  庶務の先輩が呼ばれ、そのまま長机で打合せが始まった。  自分の業務に集中しなければと思うのに、自然と耳がそちらを向く。 「お蔭様でバスも手配できまして」 「きれいな資料ですね。本当にお疲れ様でした」  和やかな談笑に、少しだけ胸を撫で下ろす。  私のポンコツぶりとは裏腹に、レクリエーション大会の準備はつつがなく進んでいるようだった。  よそ様に大きな口を叩いておいて、自分のことが疎かになっているなど笑い話にもならない。  何度目になるか知れない溜め息を吐きながら、私は再び書類に向き直った。  そんな私の背中を見遣る影があったことに。  私はこの時、全く気付いていなかった。
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