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***(side 堀米 正樹)***
「という訳で」
レクリエーション大会も間近な放課後。
僕、堀米正樹は、桐也と八重野を空き教室に呼び出した。
「今日はちょっと相談に乗ってほしいことがあって、二人に来てもらいました」
本日急ぎの案件はなかったはずだ。
僕は空き椅子にかけた二人を見回した。
八重野は「またか」と呆れた目を向けつつも、「仕方ないな」と言いたげに微笑んでいる。
桐也は、普段であればニヤニヤ半笑いを浮かべているところだが、今日はただぐったり背もたれに寄りかかっている。
僕は前置きも早々に本題を切り出した。
「最近、青葉ちゃんの様子がおかしい気がするんだ」
「まあ、堀米くんがそう思ったんなら、そうなんでしょうね」
大真面目に話し始めると、いつもどおり八重野にあしらわれる。
「で、そう思ったのはどうして? 堀米くんが青葉ちゃんに避けられてるから?」
「う、」
ストレートな言葉がグサリと刺さった。
事実、デート以来彼女との距離を全く縮められていない。どころか避けられている。
「まあ、それもあるんだけど」
一つ咳払いして先を続ける。
「青葉ちゃん、最近業務に集中できていない気がして」
「青葉ちゃんの場合、それくらいでちょうど良いんじゃないかしら」
ボソリと突っ込む八重野の気持ちが分からない訳ではない。
僕とて、仕事中毒気味の青葉が心配でないといえば嘘になる。
それをおいても楽観視できない、そう思うだけの理由があるのだ。
「それが、検算を始めたら一度も電卓から手を離さない青葉ちゃんが、途中で窓を見ていたりするんだよ。一団体の予算消化確認に十分もかからない青葉ちゃんが、三十分以上同じ書類を見つめていることもあるし。何度も中断して何度も何度もやり直しをしているなんて、きっと何かあったに──」
「ストップストップ。相変わらず、青葉ちゃんのこと把握しすぎ、怖すぎ! 単に体調でも悪いんじゃないかしら?」
僕の説明を途中で制止し、八重野が溜め息を吐く。
八重野にドン引きされるのは慣れっこだ。僕は引かずに最後の主張を口にした。
「それに僕だけじゃなくて、最近はトウヤのことも避けているような気がするんだ。かと思えば、トウヤの方を心配げな顔で見ていることも多くて。他の人に対してはあまりそんな感じでもないと思うんだけど……八重?」
異変の最たるものを述べると、八重野の眉がピクリと動いた。
名前を呼べば、その肩がビクリと震えた。
「……えへ。やっぱり、堀米くんもそう思う?」
「八重、何か知ってるんだね?」
視線を落とす八重野からは、微かな焦りが見て取れる。
しばらく見つめていると、八重野は観念したように両手を合わせた。
「ごめん! ここ数週間、何とか軌道修正しようとしたんだけど……あのね、」
八重野は心底済まなそうに眉尻を下げ、目を瞑った。
「青葉ちゃん、柚木くんとお似合いだって言われたことがあってね。それで、その……ちょっと柚木くんのことが、気になってるみたい、なのよね……」
目を見開く。
尻すぼみのその言葉に、身体が急速に冷えていく心地がした。
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