4話 忙しい時こそ計画的に

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「トウヤを?」  口から出た声は、存外低かった。  八重野が僅かに声を震わせる。 「ご、ごめん。その、堀米くんに伝えて良いのか……分からなかったから……」  委縮した八重野を見て我に返る。  僕は慌てて、柔らかい声になるよう気を付けながら謝り返した。 「こっちこそごめん、気を使わせちゃったよね。気にしないで、八重が悪い訳じゃないんだから」  しかしその声も徐々に暗く淀んでいく。 「でも、そうか。トウヤを、ね……」  口から漏れるじっとりとした声は、我がことながら薄ら寒さを覚える。  胸が鉛のように重く、苦しくなっていく。  目を逸らしてしまいたい。  けれど「その予兆は確かにあった」のだと頭が叫んでいる。  彼女を見ていた分だけ、その過去が鮮明に回想される。  『駄目な生徒会長』の化けの皮が剥がれた時の、青葉の驚き輝いた顔。  桐也に積極的に相談に行っては、浮かべる楽しそうな顔。  働き方改革を始めた桐也の行動に、舌を巻いて、少し悔しそうに、けれどそれ以上の期待をもって向ける笑顔。  少しずつ積み上げられた、尊敬と信頼。  傍からも分かるその感情が好意に変わるのを、予期できない状況ではなかったはずだ。    ただ、僕に振り向いてくれたらと必死で、その可能性に目を瞑っていただけで。   『このまま進展がなければ、ヒロインを横からかっさらわれる役になりかねないわね!』  二箇月前、八重野に言われた言葉が頭をズキズキと刺激する。  あれから多少の焦りをもって青葉に接してきたはずだ。なのに現実は不吉な予言をなぞるように進んでいる。 「僕は」  机に肘をつき、手で額を覆う。  本当に『青葉の味方でいたい』のならば、彼女の応援をするのが筋だ。  そう思う心も確かにあるのに、対立する感情が胸を()いてやまない。 「僕は……それでも、青葉ちゃんを諦めたくない」  やっと彼女の隣に立てるようになった。  やっと同じ立場で話せるようになった。  この関係を手放すことも、彼女との未来が潰れる様も、想像すらしたくない。  その執着が今更ながら(おぞ)ましい。  僕は、青葉以外のことならば、それなりに人に譲る性格だ。  縁の下の力持ち役でも苦にならないし、自分の感情より他人の意思を優先する方が多い。  それが、ひとたび青葉が関わればこのざまだ。  自嘲混じりの笑声を漏らし、言葉を続ける。 「青葉ちゃんに恋人ができるまでは……いや、誰かと両想いになるまでで良いから。僕は、最後まで足掻いてみたいんだ」  僕の言葉は清廉のようでいて、その実残酷だった。  青葉が桐也に想いを寄せたとして、それが叶わないことを知った上で発しているのだから。  執念深くて、ずるい。  それでも煮えたぎるような感情を、口に出さずにはいられなかった。 「……うん、分かった。頑張ってね」  僕の泥臭い決意を聞いて、八重野は眉を垂らしながらも、慈愛に満ちた笑みで背中を押してくれた。
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