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「さて、相談はもう一つあるんだ」
「もう一つ?」
きょとんとした八重野に頷くと、僕は桐也に目を向けた。
椅子にもたれ、心ここにあらずといった彼を見ながら、僕は確信を持って告げる。
「青葉ちゃんだけじゃなくて、最近トウヤも様子がおかしいよね」
「確かに、青葉ちゃんもそう言ってたわ」
呼ばれた名前に反応し、桐也がピクリと挙動する。
彼は背もたれに身体を預けたまま、だるそうに口を開いた。
「別に、いつもと変わんねえよ……」
自己申告のとおり、確かに桐也は普段からシャキッとしているとは言い難い。
だが付き合いの長い友人から見れば、彼の異常は一目瞭然だった。
「トウヤ、昨日『ほずみー』の出演するバラエティを録画し忘れたからって、うちに電話してきただろう? 妹が録画しているだろうからって」
彼の推し女優・立花瑞穂の名前を出した途端、桐也は眉根をきつく寄せ、睨むような視線を寄越した。
真性の面倒臭がりである桐也だが、ある一分野に関しては驚くほどまめな性格をしている。
推し女優の出演する番組やニュースを欠かさずチェックしている彼が忘れるなど、天地が引っくり返っても有り得ないと思っていた。
「何でもねえって」
怒気を含む声で言い返される。
人を煽るための茶番ではない。本気で苛立っている声だ。
「そう言っても僕達には通用しないって分かってるよね? これまで何度もトウヤの『相談』を受けてきたんだか──」
「ただの五月病だっつってんだろ!」
僕の言葉を遮って桐也が反駁する。
乱暴にがなる口調に反して、その覇気は薄かった。
「やる気が出ねえんだよ。生徒会にしても、何にしても。ケツ引っぱたかれたらその分の仕事はやるから、放っとけよ……」
かと思うと、か細い声で呟いて机に突っ伏した。
ひどく情緒不安定だ。
その理由に、思い当たる節のある八重野と僕は、ぐっと押し黙る。
僕がかなり補佐をしているとはいえ、桐也は一応生徒会長としての仕事をこなしている。
そして友人としては、葛藤している彼を見守ることしかできない。
「話だったら、いつでも聞くから」
「そうよ。私も聞くわ」
「……言ったって、どうにもならないだろ」
やけになった口振りの桐也を二人で見つめる。
友人として、同じ生徒会役員として、口出しできるのはここまでだ。
あとは彼をそっと支えていくほかない。
「上手く行かないものだね、色々とさ」
「そうね……」
青葉も、桐也も、僕も。
迷宮を彷徨い、出口を欲しているようなものだ。
儘ならなさに辟易しながら、僕は席を立ち、廊下へ続く扉を開け放った。
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