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そろそろ生徒会室に行って良い頃かもしれない。
たとえ青葉の心に既に意中の相手がいたとしても、少しでも多く、彼女の姿をこの目に収めていたかった。
そう思い、廊下に出ようとした時。
「──!」
剣呑な声がして、僕は咄嗟に足を止めた。
「堀米くん、出ないの?」
「ちょっと待って」
人差し指を口元に当て、廊下の様子を伺う。
条件反射だった。縁の下を通り越して隠密のようだと内心苦笑しながら、僕は耳をそばだてた。
「──無茶だろッ──いい加減に──!」
「──でも、こうしないと大変な目に遭わすって──!」
男子達とおぼしき言い争いは、角の向こうから聞こえてくる。
切羽詰まったような声が耳に入る度、心が平静を取り戻していく。
すうと息を吸い、会話の内容に集中していく。
「これで済むなら安いもんだろ!?」
「けど、いくらレク大を成功させたいからって言ったって……!」
『レク大』という単語を鍵に、考えが巡る。
大会を成功させたい。
大変な目に遭わす。
これらの断片から推察するに、会話をしている二人は行事を盾に、第三者から脅迫を受けているというところか。
僕はスリッパを脱ぎ、足音を立てないよう廊下に足を踏み入れた。
レクリエーション大会の成否に関わる話ならば、生徒会役員として放っておく訳にはいかない。
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「先輩に相談すれば……」
「今、何か持ちかけられる状況か!?」
するり、するり。
細心の注意を払いながら、声のする角へ徐々に近付いていく。
そして、確実に話者を捕まえるため、影から一気に手を伸ばした時。
「げっ!」
反射で避けられた僕は、勢い余ってつんのめった。
そのまま前方に転ぶ。
同時に、二人組が走り去っていく。
「聞かれてなかったよな!?」
「分からん、ずらかるぞ!」
傍の階段を駆け上がっていく生徒達を、追いかけようと前に出した足が、靴下で滑る。
「──っ!」
再びの転倒は避けられたが、時既に遅し。
二人組は踊り場の向こうに消えていた。
「……失敗したな」
下唇を噛んで、彼らが去った上階段を仰ぐ。
しばらくそのまま立っていると、八重野がパタパタと走り寄ってきた。
「堀米くん、何だったの、今の?」
「分からない。青スリッパだったから一年生だと思うけど、顔までは確認できなかった」
ふ、と息を吐く。
そして、のっそり教室から出てきた桐也に提言した。
「トウヤ、正体は分からなかったけれど、誰かがレク大で『何か』しかけるかもしれない。警戒しておく方がいいかもね」
「そうかよ……チッ、こんなやる気のねえ時に」
眉根を寄せた桐也の傍に、八重野と僕が寄る。
やる気が不十分でも、絶不調でも、僕達のリーダーは昔から桐也だ。
彼はがしがしと頭を掻いて、死んだ魚のような目で、それでも前を見た。
「……レク大の実行委員長には一応言っておくか。それと当日は奴ら、忙しさでそれどころじゃないと思うから、生徒会で警戒してやっかな」
「実行委員会に恩も売れるしね。でしょう?」
気力のない桐也の代わりに、八重野が不敵な笑みを浮かべる。
青葉の存在とはまた違う軸で。
信頼できる相手と組む安心感は、不謹慎にも今の僕にとって心地が好かった。
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