4話 忙しい時こそ計画的に

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 そろそろ生徒会室に行って良い頃かもしれない。  たとえ青葉の心に既に意中の相手がいたとしても、少しでも多く、彼女の姿をこの目に収めていたかった。  そう思い、廊下に出ようとした時。 「──!」  剣呑な声がして、僕は咄嗟に足を止めた。 「堀米くん、出ないの?」 「ちょっと待って」  人差し指を口元に当て、廊下の様子を伺う。  条件反射だった。縁の下を通り越して隠密のようだと内心苦笑しながら、僕は耳をそばだてた。 「──無茶だろッ──いい加減に──!」 「──でも、こうしないと大変な目に遭わすって──!」  男子達とおぼしき言い争いは、角の向こうから聞こえてくる。  切羽詰まったような声が耳に入る度、心が平静を取り戻していく。  すうと息を吸い、会話の内容に集中していく。  「これで済むなら安いもんだろ!?」 「けど、いくらレク大を成功させたいからって言ったって……!」  『レク大』という単語を鍵に、考えが巡る。  大会を成功させたい。  大変な目に遭わす。  これらの断片から推察するに、会話をしている二人は行事を盾に、第三者から脅迫を受けているというところか。  僕はスリッパを脱ぎ、足音を立てないよう廊下に足を踏み入れた。  レクリエーション大会の成否に関わる話ならば、生徒会役員として放っておく訳にはいかない。 「じゃあどうしろって言うんだよ!」 「先輩に相談すれば……」 「今、何か持ちかけられる状況か!?」  するり、するり。  細心の注意を払いながら、声のする角へ徐々に近付いていく。  そして、確実に話者を捕まえるため、影から一気に手を伸ばした時。 「げっ!」    反射で避けられた僕は、勢い余ってつんのめった。  そのまま前方に転ぶ。  同時に、二人組が走り去っていく。 「聞かれてなかったよな!?」 「分からん、ずらかるぞ!」  傍の階段を駆け上がっていく生徒達を、追いかけようと前に出した足が、靴下で滑る。 「──っ!」  再びの転倒は避けられたが、時既に遅し。  二人組は踊り場の向こうに消えていた。 「……失敗したな」  下唇を噛んで、彼らが去った上階段を仰ぐ。  しばらくそのまま立っていると、八重野がパタパタと走り寄ってきた。 「堀米くん、何だったの、今の?」 「分からない。青スリッパだったから一年生だと思うけど、顔までは確認できなかった」  ふ、と息を吐く。  そして、のっそり教室から出てきた桐也に提言した。 「トウヤ、正体は分からなかったけれど、誰かがレク大で『何か』しかけるかもしれない。警戒しておく方がいいかもね」 「そうかよ……チッ、こんなやる気のねえ時に」  眉根を寄せた桐也の傍に、八重野と僕が寄る。  やる気が不十分でも、絶不調でも、僕達のリーダーは昔から桐也だ。  彼はがしがしと頭を掻いて、死んだ魚のような目で、それでも前を見た。 「……レク大の実行委員長には一応言っておくか。それと当日は奴ら、忙しさでそれどころじゃないと思うから、生徒会で警戒してやっかな」 「実行委員会に恩も売れるしね。でしょう?」  気力のない桐也の代わりに、八重野が不敵な笑みを浮かべる。  青葉の存在とはまた違う軸で。  信頼できる相手と組む安心感は、不謹慎にも今の僕にとって心地が好かった。
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