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***(side 若林 青葉)***
「いよいよ明日からレク大だね」
ワイワイと浮足立つ生徒が行き交う廊下。
隣を歩く堀米が笑む。
「うん。楽しみだなあ」
私、若林青葉は、まだ多少ぎこちないながらも微笑みを返した。
レクリエーション大会前日。
実行委員達の尽力のお蔭で、準備は滞りなく整った。
貸し出す備品の確認に出向いた堀米と私は、任務を終え生徒会室に向かっている途中だ。
「堀米くんは、テニスに出るんだよね?」
「うん。団体競技も楽しそうだけど、クラスの皆と練習する時間があまり取れなくて」
私が役に立てたことは少なくとも、こうしてつつがなく前日を迎えられたことが喜ばしい。
そのお蔭もあってか、街歩き以来緊張して上手く話せなかった堀米とも、最近は少しずつ自然に談笑できるようになった。
隣にいると少し緊張してしまう、ただそれだけ。
時折頬に集まる熱は、堀米に伝わらなければそれで良い。
「若林さんは確か、借り物競争だよね?」
「うん。私も堀米くんと同じで、団体練習に参加できそうになかったから」
働き方改革で生徒会の負担がかなり減ったとはいえ、毎日クラス練習に参加できるほどの余裕はなかった。
同じような理由で参加競技を選んだ経緯に、互いにクスリと笑い合う。
「応援しに行くからね!」
「嬉しいな。こちらこそ」
ドキドキして顔もまともに見られなかった日が続いていた分、和やかな会話が心地好い。
温和な堀米の隣は、時折心臓に悪いものの居心地が良かった。
「あと、生徒会としての仕事も頑張るから!」
拳を握り意気込みを語ると、堀米が軽く苦笑する。
「あんまり無理はしないでほしいな」
彼の心配そうな声に、反省しつつも嬉しくなって胸がじんわり温かくなる。
生徒会執行部の全員に通達があったのは数日前のこと。
いわく、大会中誰かが何かをしかける可能性がある。行事進行でてんてこまいな実行委員会の分まで、生徒会で目を光らせておこうという内容だった。
「何か異変に気付いたらトウヤに連絡してね」
「う、うん」
挙げられた会長の名に、内心少しだけ狼狽える。
堀米と対照的に、話す機会が日々減っている柚木に対しては、まだ『お似合い』という言葉がちらついて強張ってしまう。
今はそんなことを気にせず業務に専念するべきであるのに。
変な顔をしていないかと頬を押さえる。
そんな私を覗き込んで、堀米は少し切なそうに微笑んだ。
「……もしトウヤに連絡が付かなかったら、僕にでも大丈夫だから」
少し掠れた優しい声で付け加えられる。
柚木の不調は現在に至るまで治っていない。堀米がついていると思えば頼もしいことこの上なかった。
「ありがとう。堀米くんがいてくれるから、頼もしくてすごく安心する!」
感謝を伝えれば自然と破顔する。
堀米は一瞬目を丸くしてから、柔らかく口元を緩めた。
「若林さんにそう言ってもらえると、嬉しいな」
返された甘い言葉に、胸がキュンと跳ねる。
いけない。
浮ついていては明日の巡回に支障が出てしまう。
自意識過剰と自覚しなければ、どこかで足を掬われてしまう。
両頬を叩いた私は、ズンズンと大股で廊下を進んだ。
その少し後ろを堀米がついてくる。
そして終点近くの角を曲がった時だった。
生徒会室の方から、言い争いの声が聞こえてきたのは。
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