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その日の放課後。
私は友人からのカラオケの誘いを涙を飲んで断り、生徒会室へ向かった。
ガラリ。
戸を開けると既に生徒が屯していた。
書記を務める連行犯、八重野瑠果。
自称・生徒会執行部人事部長、陣条司。
ほか、昼休みにも生徒会室にいた庶務担当の二年生が二人。
会長と副会長はまたも不在のようだ。
「青葉ちゃん、いらっしゃい! 待ってたわ、よ──」
明るい顔をした八重野が、ポカンと口を開ける。
続いて私を見た三人も瞠目した。
「……イメチェンした?」
庶務の先輩に尋ねられ、私は苦笑いする。
「こっちが素……ですかね」
頬を掻く真似をして、私はボソリと返答した。
アクセサリー代わりに鞄に付けていたアメピンで、前髪を留め、広いおデコを曝け出し。
コンタクトレンズを外し、万一のため鞄に入れていた、メタルフレームの赤眼鏡を装着。
だぼだぼのカーディガンを脱ぎ、シャツの袖は肘まで捲る。
ダサい格好だが、これは断じてイメチェンではない。
細かい字を大量に読み、書類を裁くことに徹するための装備──逆イメチェンだ。
昼休みに書類を捲った時、前髪の鬱陶しさと、慣れぬコンタクトの違和感に耐えられなかったことには驚いた。
やるからには徹底的に。
そう思い、近くのトイレで装備を整えてきたのだ。
一刻も早く生徒会の仕事を終わらせ、青春を送るためには、一時お洒落を捨てることもやむを得ない。
「……よしっ」
私は会計の席に座り、昼休みに四分の一ほど目を通した書類の山に手を付けた。
本当は引継書を最初に読みたかったが、探しても見付からなかった。
ないものを嘆いても仕方ない。まずは積まれた書類をざっと見て、現状把握に努めることにした。
今、目下の会計の仕事は、この書類を処理すること──四月に消化された各部活・同好会の予算について確認することだった。
ステープラーで留められた書類の束をパラパラ捲る。
お洒落を一時的に放棄した分、効率は良好だ。
サッカー部のボトル購入。
文芸部のインク購入。
提出された申請書と領収書のセットを流し見ていく。
経験でいえば中学時代、部活の支出書類を見たことがあるため、一応、全くの初心者ではない。
しかし。
「うへぇ……」
様式が違うだけではない。
枚数を見るにつれ、考えなければならないことの多さに気付き、私はぼやきを口に出していた。
「こんなに部活や同好会があるんだもんなぁ……」
『自主自立』の旗印の元、この高校にはただでさえ多くの部活や同好会が存在する。
年度始めの物品購入の多さは、それだけで脅威を覚える。
それに加え。
年度替わりで『新規設立』や『統廃合』、『分裂』をしている団体が多数あるらしいところが、非常に厄介だった。
私は鞄から部活紹介の冊子を取り出して捲る。
例えば、プール関連の活動の場合。
昨年度は、水泳部とプール遊戯同好会の二つの団体があったらしい。
それが今年度は少なくとも、競技水泳部と水着研究会とプール設備研究会に再編されている。と、部活紹介誌には記されている。
冊子には載っていないが、私は先日プールサイド青春同好会に勧誘された。
実態を紹介誌だけで把握するのは厳しいと見て良いだろう。
覚える気も失せる煩雑さに、私は長く息を吐き出す。
「……このごちゃごちゃが、予算に影響しなければ、何の問題もないのだけど」
そう、予算が絡まない場合は、特に気にする必要がない。
問題は、予算を要求していた団体が、統廃合されている場合。
『どのように』再編されて。
収支を『どのように』分けたのか。
間違いが起こらぬよう、確認しなければならないことだ。
「この、部活や同好会の現在数って、どこかで把握しているんですか?」
前会長である陣条に問うと、彼は渋い顔で首を横に振った。
「いや。部活動については、統廃合時に申請義務があるから把握できるが、同好会や研究会については自称しているのが大半だからな。ペーパーカンパニーならぬ、ペーパー同好会も多くある」
「……ありがとうございます」
私は手元にある、水着研究会とプールサイド青春同好会の請求書類を見て、深く溜め息を吐いた。
前途は、思ったよりはるかに多難らしかった。
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