4話 忙しい時こそ計画的に

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「──だから、早く言わないと、手遅れになっちゃうかもしれないじゃない!」  強く訴えるハスキーボイスに立ち止まる。 「八重ちゃん?」  知った声に思わず呟けば、堀米も否定しなかった。  尋常でない声差しに胸がザワリとする。 「言えっ──って──どうしろって────」  対する男子の声は、八重野の声ほど明瞭に聞き取ることができなかった。  それでも両者が何事か言い争っていることは分かる。  このまま聞き耳を立てていても良いのだろうか。  躊躇する足が歩みを遅くする。 「取返しのつかないことになる前に、柚木くんは自分の立場を、ちゃんと説明した方が良いんじゃないの!?」  八重野の責めるような声が廊下まで響く。  その言葉で、八重野の口論の相手が柚木であることに気付く。  生徒会室の閉じた戸の前で、私は足を止めた。  この空気の中入室しても良いのか、分からずに足が竦む。 「ねえ、堀米くん──」  どうしたら良いだろうか。  助言を求め、隣に立つ彼を見上げる。 「……ちょっと今は、生徒会室に戻るのやめておこうか」  眉根を寄せた堀米が踵を返した、その時だった。 「うるせえよ!」  戸の向こうから低い怒鳴り声が飛んでくる。  そのあまりの迫力に、私はびくりと肩を震わせた。 「自分のことですら煮詰まってんのに、他人ことまで考えられる訳ねえだろうが!」  柚木の、苛立ち溢れた声に。  戸にかけた手がカタカタと震える。  私の知っている柚木は、喧嘩の時でもどこか飄々と、人を小馬鹿にしたような半笑いを浮かべている人物だ。  こんなに熱の篭った彼の声を、私は聞いたことがなかった。 「でも、それじゃ──!」 「じゃあ何て言えば良いんだよ!」  食い下がる八重野を威圧するように。  けれどどこか追い詰められたような、絞り出すような声で。 「朝ドラ女優にまでなった『ほずみー』が、オレの幼馴染だってことか? ファンとかそういうんじゃなく、元からずっと好きだったことか!? そんなこと言ったところで、何が変わるって言うんだよ!!」  叫んだ柚木の言葉に。  圧倒された私の手が、戸を掠る。  カタン。  その小さな音だけで、中の者に存在が伝わる。  後ずさったが後の祭りだった。  ガラリと戸が開く。  八重野が目を見開いて私を凝視する。 「あ、青葉、ちゃん……」  動揺した声は、何に依るものだろう。  まるで私には聞かせたくなかったと、そう言いたげな視線は何だろう。 「……会長って、」  掠れた声が口から漏れる。 「会長って、『立花瑞穂』さんのこと、本気で好きだったんだね……?」  呆然と、私はそんな言葉を零していた。  柚木と八重野が言い争っていた理由。  女優と個人的な繋がりがあるという初耳の話。  気になること、驚くべきことは、多々あったはずだった。  なのに、柚木の『好き』ばかりが頭に響く。 「け、喧嘩、邪魔しちゃってごめんね? ちょっと時間を潰してくるから……!」 「青葉ちゃん!」  呼び止める声は、誰のものだっただろうか。  気付けば私は廊下を駆け、その場を去っていた。  ズキズキと。  大した速度も出ていないのに、過剰なほどに胸が痛かった。
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