4話 忙しい時こそ計画的に

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 喧騒が遠い、校舎裏まで逃げて。  私はコンクリートの階段に腰かけ、芝生に足を投げ出した。  無人を良いことに大きく溜め息を吐き、膝小僧に顔をうずめる。  今顔を上げれば、きっとメイクが崩れてぐしゃぐしゃになっているだろう。 「っはは、そうだよね。会長にだって、好きな人くらいいるよね……」  声に出せば、ズクズクと胸が痛む。  前向きな気持ちで頬が熱い時とは違う。  目頭から耳にかけて帯びた熱が気持ち悪い。  お似合いだと言われた。  それだけでお気楽に動揺していた。  今思えば、私は舞い上がっていたのだろう。  私は果たして、柚木のことが好きだったのだろうか。  その結論も出ないまま。何を始めることもできないまま。  独り相撲をしているうちに、呆気なく『それ』は終わってしまった。 「……っ」  ぼたり、ぼたり。  目から溢れ出た雫が、膝に落ち、(すね)を垂れていく。  ティッシュで目元を拭うと、マスカラが黒く醜く滲む。  何が悔しいのだろう。  何がここまで悲しいのだろう。    これが失恋の痛みというものなのか。  それとも、ただひたすらに自意識過剰だった自分が恥ずかしいのだろうか。  滑稽に混乱した日々も。  無様に逃げ出してしまったことも。  そして学校の隅でうずくまって、みっともなく泣いている自分も。  全てすべて、消してしまいたい。   そう思っているのに。  神様はそれすら許してくれないようだった。  ひとしきり泣いた後、背後に立つ人の気配に気付く。  躊躇うような静かな足音。  それだけで、私は背後の人物に当たりをつけられた。 「……若林さん」  遠慮がちにかけられた声は予想どおり、聞き慣れた彼のものだった。 「堀米くん……」  心配して後をついてきてくれたのだろう。  彼の優しさを受け入れる余裕もない私は、子供のようにうずくまったまま返事をした。ひどくみっともない鼻声だった。 「心配して、来てくれたんだよね? ごめんね……」  言いながら、ティッシュで小さく鼻をかみ、ハンカチで目元を押さえた。  びしょ濡れの布に黒が滲むことはもうなかった。  堀米は無言で私の横に腰を下ろした。  そして、丁寧に畳まれたハンカチを差し出した。 「これ、良かったら」 「借りられないよ……」   「参ったな。若林さんのハンカチ、もう水を吸わないと思うんだけど」  痛いところを突かれ胸がズキンと(うず)く。  弱った心がそうさせたのだろう。私はゆっくりと彼のハンカチを受け取っていた。 「ごめんね、ありがとう。洗って返すね」 「気にしないで」  そう言って堀米は、ポンポンと私の頭を撫でた。  その掌の温かさに再び涙が溢れ出る。    ぼろ、ぼろ。  涙の止められない私を、堀米はただいつまでも優しく撫で、待ち続けてくれた。
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