4話 忙しい時こそ計画的に

21/21
前へ
/236ページ
次へ
「堀米くん?」  呼びかけると、彼は微笑みと共に顔を向けた。  それはいつもの落ち着いた笑みではなく、どこか苦しみを押し殺しているように見えた。 「好きかもしれないと思った相手と、別の相手を応援できるって、とてもすごいことだよ」  そう言うと、彼はまたポンポンと私の頭を撫ぜ、顔を背けた。 「僕は、今回の件で痛感した。好きな相手が、別の相手を想うところなんて見たくないって。くっつくことなんて、応援できそうもないって」  そして、ゆっくりと手を離す。 「……誰にも譲りたくないんだって」  聞いている私の方が痛みを覚えるほど。  苦しくて、胸が絞られるような声だった。  上手く言葉をかけられず沈黙が続く。  堀米の言葉は、ただの例え話には到底聞こえなかった。  現実に誰かを好いていて、その相手に叶わぬ恋をしているかのように。  優しくて。  温和で。  いつだって縁の下の力持ちで。  そんな堀米の絞り出したような声は、普段の彼から考えられないほどの熱を帯びていた。  恋をしたかどうかも分からない私と違って、堀米にははっきりと恋い慕う相手がいるのだ。  それもここまで焦がれるほどの、切ない恋を。    ズク、ズク、と。  彼の情熱に当てられてか、心臓が再び疼きだす。  なぜだろうか、今までで一番胸が苦しかった。  皆、恋をしているのだ。  気だるげで飄々とした柚木も。  大人のような余裕を持った堀米も。  底知れないと思っていた二人にも、身を焦がすような苦しみがあるのだ。  それが少し不思議で、しかしストンと胸に落ちた。  私達は高校生で、恋に悩むのはきっとごくごく『当たり前』のことなのだ、と。    できることなら、悩む者の恋が全て叶えば良いのに。  そう思って、口に出すのはやめた。  例えば、有名な女優になった幼馴染を想い続ける柚木にとって、そのような言葉はあまりに酷だろうと思ったから。  では堀米はどうだろうか。  思考を巡らせたとき、ふと先程彼が述べた言葉が頭を過った。 ──『今回』の件で痛感した。好きな相手が、別の相手を想うところなんて見たくないって。  堀米の言葉を思い出すと共に、私は息を呑んだ。  『今回の件で痛感した』のはなぜか。  それは彼の想う相手が、今回の当事者だからではないか、と。  気付いた私は、口元を押さえて思考を続けた。  別の相手を想うこと。  くっつくことを応援すること。  誰かに、誰かを譲ること。  彼が苦しんだ原因は、彼の思い人にも思い人がいることだ。  であれば答えは自ずと限られてくる。  堀米が特別親しくしている人物。  理不尽なことであっても、その相手のためにと働く相手。 「……っ!」  パチン、パチンとピースがはまるように、ジグソーパズルが埋まっていく。  春から見てきた堀米の言動の、全てに合点がいく。 「堀米くん!」  私は、彼の両手をぎゅっと握った。  目を見開いた堀米が振り返る。 「私ばっかり慰めてもらって、ごめんね。堀米くんも苦しいことがあったらいつでも言ってね!」 「わ、若林さん?」  励まされていたはずの私の急な変化に、堀米が困惑した顔をする。  その彼の目を捉えて、私は手に力を込めた。 「話も聞くし相談にも乗るし、とにかく力になるからね!」  堀米のことを励ましたい。  例えそれが叶わぬ恋だったとしても。  朝ドラ女優を好きだという『柚木』への、一方通行の想いだったとしても。 「あ、ありがとう……?」  堀米は少し困ったような顔で微笑む。  それを見届けた私は、すっくと立ち上がった。 「ハンカチは後日返すね。励ましに来てくれて、本当にありがとう!」  同じ相手を好いているかもしれない相手のことまで気遣う彼は、本当に優しい人だ。  少しだけ元気を貰った私は、なけなしの力を振り絞ってその場を走り去った。  柚木が、女優に本気で恋をしていたことか。  堀米が、柚木を好いていたことか。  果たして何がショックだったのか、分からなくなるほど混乱して。    いやに目が冴えて。  いつまでも胸が痛くて。  その晩私は、寝付くことができなかった。  そして、レクリエーション大会の当日を迎えることとなったのだ。 〈了〉 ****** 【今回の教訓】  忙しい時ほど、スケジュール管理はしっかりと。  取り零しのないよう、見える化に努めると、心にも余裕が生まれる。  不測の事態に耐えられるゆとりを持つことが大事。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加