59人が本棚に入れています
本棚に追加
「堀米くん?」
呼びかけると、彼は微笑みと共に顔を向けた。
それはいつもの落ち着いた笑みではなく、どこか苦しみを押し殺しているように見えた。
「好きかもしれないと思った相手と、別の相手を応援できるって、とてもすごいことだよ」
そう言うと、彼はまたポンポンと私の頭を撫ぜ、顔を背けた。
「僕は、今回の件で痛感した。好きな相手が、別の相手を想うところなんて見たくないって。くっつくことなんて、応援できそうもないって」
そして、ゆっくりと手を離す。
「……誰にも譲りたくないんだって」
聞いている私の方が痛みを覚えるほど。
苦しくて、胸が絞られるような声だった。
上手く言葉をかけられず沈黙が続く。
堀米の言葉は、ただの例え話には到底聞こえなかった。
現実に誰かを好いていて、その相手に叶わぬ恋をしているかのように。
優しくて。
温和で。
いつだって縁の下の力持ちで。
そんな堀米の絞り出したような声は、普段の彼から考えられないほどの熱を帯びていた。
恋をしたかどうかも分からない私と違って、堀米にははっきりと恋い慕う相手がいるのだ。
それもここまで焦がれるほどの、切ない恋を。
ズク、ズク、と。
彼の情熱に当てられてか、心臓が再び疼きだす。
なぜだろうか、今までで一番胸が苦しかった。
皆、恋をしているのだ。
気だるげで飄々とした柚木も。
大人のような余裕を持った堀米も。
底知れないと思っていた二人にも、身を焦がすような苦しみがあるのだ。
それが少し不思議で、しかしストンと胸に落ちた。
私達は高校生で、恋に悩むのはきっとごくごく『当たり前』のことなのだ、と。
できることなら、悩む者の恋が全て叶えば良いのに。
そう思って、口に出すのはやめた。
例えば、有名な女優になった幼馴染を想い続ける柚木にとって、そのような言葉はあまりに酷だろうと思ったから。
では堀米はどうだろうか。
思考を巡らせたとき、ふと先程彼が述べた言葉が頭を過った。
──『今回』の件で痛感した。好きな相手が、別の相手を想うところなんて見たくないって。
堀米の言葉を思い出すと共に、私は息を呑んだ。
『今回の件で痛感した』のはなぜか。
それは彼の想う相手が、今回の当事者だからではないか、と。
気付いた私は、口元を押さえて思考を続けた。
別の相手を想うこと。
くっつくことを応援すること。
誰かに、誰かを譲ること。
彼が苦しんだ原因は、彼の思い人にも思い人がいることだ。
であれば答えは自ずと限られてくる。
堀米が特別親しくしている人物。
理不尽なことであっても、その相手のためにと働く相手。
「……っ!」
パチン、パチンとピースがはまるように、ジグソーパズルが埋まっていく。
春から見てきた堀米の言動の、全てに合点がいく。
「堀米くん!」
私は、彼の両手をぎゅっと握った。
目を見開いた堀米が振り返る。
「私ばっかり慰めてもらって、ごめんね。堀米くんも苦しいことがあったらいつでも言ってね!」
「わ、若林さん?」
励まされていたはずの私の急な変化に、堀米が困惑した顔をする。
その彼の目を捉えて、私は手に力を込めた。
「話も聞くし相談にも乗るし、とにかく力になるからね!」
堀米のことを励ましたい。
例えそれが叶わぬ恋だったとしても。
朝ドラ女優を好きだという『柚木』への、一方通行の想いだったとしても。
「あ、ありがとう……?」
堀米は少し困ったような顔で微笑む。
それを見届けた私は、すっくと立ち上がった。
「ハンカチは後日返すね。励ましに来てくれて、本当にありがとう!」
同じ相手を好いているかもしれない相手のことまで気遣う彼は、本当に優しい人だ。
少しだけ元気を貰った私は、なけなしの力を振り絞ってその場を走り去った。
柚木が、女優に本気で恋をしていたことか。
堀米が、柚木を好いていたことか。
果たして何がショックだったのか、分からなくなるほど混乱して。
いやに目が冴えて。
いつまでも胸が痛くて。
その晩私は、寝付くことができなかった。
そして、レクリエーション大会の当日を迎えることとなったのだ。
〈了〉
******
【今回の教訓】
忙しい時ほど、スケジュール管理はしっかりと。
取り零しのないよう、見える化に努めると、心にも余裕が生まれる。
不測の事態に耐えられるゆとりを持つことが大事。
最初のコメントを投稿しよう!