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***(side 若林 青葉)***
カーテンの向こうで空が白んでいく。
私、若林青葉はリビングの室内灯を落とし、そっとカーテンを開いた。
電球色とは異なる朝陽を浴びて、うっと目を押さえる。
睡眠時間が足りていない時の陽光ほど眩しいものはない。
私はイヤホンを付け直し、再び一人ソファに腰を落とした。
そしてリモコンの再生ボタンを押し、薄暗い部屋で光るテレビをぼんやりと眺めるのだった。
柚木の思い人を知り、堀米の秘めた熱情を知ったその夜。
私は悶々として寝付くことができなかった。
気を紛らわそうと思えど、持ち帰りの生徒会業務もなく、勉強にも身が入らず、頭に霞がかかったかのようだった。
なのにいやに目が冴えていて、いつまでも胸が痛くて。
混沌とした思考で、私は自室を抜け出した。
どうせ痛むなら、もっと抉りたい。
今まで浮かれていた分を帳消しにするほど、刻み込むように、深く。
朦朧とする意識の中、私はリビングに辿り着きこっそり録画を見始めた。
両親が好きで毎日録っている、朝の連続ドラマ劇場──今期の朝ドラを。
十五分単位で終わる初見のドラマを、第一話から順に再生した。
ヒロインを演じる若き女優の姿を目に焼き付けた。
柚木が恋い焦がれる、立花瑞穂の姿を。
ドラマの主題は、主人公である女子学生・れんげの成長だった。
都会で育ったれんげが、両親の死に伴い田舎の養蜂家に引き取られる。
田畑もろくに見たことのなかった少女は、自然に触れながら成長し、やがて蜂蜜やその加工品を通して、周囲を巻き込み町おこしを進めていく。
液晶に映るヒロインは恐ろしいほど魅力的だった。
都会的な洗練されたセンス。
田舎の動物や環境に戸惑い、おっかなびっくりながらも接する懸命さ。
新しい環境に徐々に愛着を覚え、見せる弾けるような笑顔。
人のために泣く慈愛と、人のために奮闘する元気のギャップ。
どのシーンでも『彼女』は見る者を惹きつけるヒロインだった。
「すごい人、だなあ……」
感嘆の声が自然と漏れ出ていた。
サラサラの黒いロングヘアに、小顔で整った顔立ち。
容姿に傲らない圧巻の演技力。
滲み出るピュアな透明感。
私と同じ年で朝ドラ女優に抜擢されるのも頷ける、圧倒的な存在。
高校デビューも上手くできない私が、最初から敵うはずもない相手だ。
溜め息が出る。
この苦しさは一体どこから来るものだろうか。
柚木の思い人と自分との違いをはっきり思い知った絶望か。
遠い世界にいる女優と、一高校生でしかない柚木との距離に対する同情か。
そんな彼を一番間近で見つめながら、『応援できそうもない』と苦渋の声を漏らした堀米に対する憐憫か。
様々な感情が沸き立っては千々に乱れる。
そして気付けば日が昇り、時は進み、身支度を始める時間を迎えていた。
自室に帰り服を着替える。
鏡の前に座った自分の顔を見て、私はぎゅっと眉根を寄せた。
目の下の隈もひどく、肌も少し荒れている。
徹夜明けの死んだ魚のような目は、先程まで見ていたドラマのヒロインとは対極だ。
「……可愛くないなあ」
鼻の奥がツンとする。
学校さえなければ、布団に潜り込んで何も考えたくなくなるような、最悪な心地だった。
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