5話 一人で抱え込む風潮は吹き飛ばせ

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***(side 若林 青葉)***  カーテンの向こうで空が白んでいく。  私、若林青葉はリビングの室内灯を落とし、そっとカーテンを開いた。  電球色とは異なる朝陽を浴びて、うっと目を押さえる。  睡眠時間が足りていない時の陽光ほど眩しいものはない。  私はイヤホンを付け直し、再び一人ソファに腰を落とした。  そしてリモコンの再生ボタンを押し、薄暗い部屋で光るテレビをぼんやりと眺めるのだった。    柚木の思い人を知り、堀米の秘めた熱情を知ったその夜。  私は悶々として寝付くことができなかった。  気を紛らわそうと思えど、持ち帰りの生徒会業務もなく、勉強にも身が入らず、頭に霞がかかったかのようだった。  なのにいやに目が冴えていて、いつまでも胸が痛くて。    混沌とした思考で、私は自室を抜け出した。  どうせ痛むなら、もっと(えぐ)りたい。  今まで浮かれていた分を帳消しにするほど、刻み込むように、深く。  朦朧(もうろう)とする意識の中、私はリビングに辿り着きこっそり録画を見始めた。  両親が好きで毎日録っている、朝の連続ドラマ劇場──今期の朝ドラを。    十五分単位で終わる初見のドラマを、第一話から順に再生した。  ヒロインを演じる若き女優の姿を目に焼き付けた。  柚木が恋い焦がれる、立花瑞穂の姿を。  ドラマの主題は、主人公である女子学生・れんげの成長だった。   都会で育ったれんげが、両親の死に伴い田舎の養蜂家に引き取られる。  田畑もろくに見たことのなかった少女は、自然に触れながら成長し、やがて蜂蜜やその加工品を通して、周囲を巻き込み町おこしを進めていく。    液晶に映るヒロインは恐ろしいほど魅力的だった。  都会的な洗練されたセンス。  田舎の動物や環境に戸惑い、おっかなびっくりながらも接する懸命さ。  新しい環境に徐々に愛着を覚え、見せる弾けるような笑顔。  人のために泣く慈愛と、人のために奮闘する元気のギャップ。  どのシーンでも『彼女』は見る者を惹きつけるヒロインだった。 「すごい人、だなあ……」  感嘆の声が自然と漏れ出ていた。  サラサラの黒いロングヘアに、小顔で整った顔立ち。  容姿に(おご)らない圧巻の演技力。  滲み出るピュアな透明感。  私と同じ年で朝ドラ女優に抜擢されるのも頷ける、圧倒的な存在。  高校デビューも上手くできない私が、最初から敵うはずもない相手だ。  溜め息が出る。  この苦しさは一体どこから来るものだろうか。    柚木の思い人と自分との違いをはっきり思い知った絶望か。  遠い世界にいる女優と、一高校生でしかない柚木との距離に対する同情か。  そんな彼を一番間近で見つめながら、『応援できそうもない』と苦渋の声を漏らした堀米に対する憐憫か。  様々な感情が沸き立っては千々に乱れる。  そして気付けば日が昇り、時は進み、身支度を始める時間を迎えていた。  自室に帰り服を着替える。  鏡の前に座った自分の顔を見て、私はぎゅっと眉根を寄せた。  目の下の隈もひどく、肌も少し荒れている。  徹夜明けの死んだ魚のような目は、先程まで見ていたドラマのヒロインとは対極だ。 「……可愛くないなあ」  鼻の奥がツンとする。  学校さえなければ、布団に潜り込んで何も考えたくなくなるような、最悪な心地だった。
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