5話 一人で抱え込む風潮は吹き飛ばせ

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+++  頭が混乱していても、心が沈んでいても、関係なく祭りはやってくる。  私は学校指定のジャージに身を包み、いつもどおりに登校した。  校門に差しかかると、校舎に下げられた『レクリエーション大会』の垂れ幕が目に入った。  校庭や体育館裏から最終練習のかけ声が聞こえてくる。  梅雨の間の快晴。  高揚した生徒達の賑わい。  一歩いっぽ昇降口に近付く度、夜通し感じていたモヤモヤした劣等感が、少しずつ薄れていくような気がする。    完全に忘れることなど、もちろんできない。  それでも、できる限りこのイベントを楽しみたいと、少しだけ前を向いた自分がいた。 「おはよう」  教室に入ると、熱気は更に濃く感じられた。  作戦会議が至るところで行われ、祭りの開始に先立って盛り上がっているようだった。 「あ、青葉ちゃん、おはよう」  私の姿を見るなり八重野が駆け寄ってくる。  橋爪の姿は見当たらない。レク大実行委員の仕事が忙しいのだろう。  生徒会の私達が教室にいて、いつもいる級友がいない。  非日常感のある奇妙な平穏に、私はクスリと笑みを零した。 「おはよう、八重ちゃん」 「うん、おはよう。青葉ちゃん、あの……」    八重野がバツが悪そうに口ごもる。  後に続く言葉は何となく予想がついた。 「昨日のことなんだけど……傷付けるような会話を聞かせちゃって、ごめんなさい」  そう言うや八重野は頭を下げた。  指先を組んだり(ほど)いたりしながら八重野は言葉を続ける。 「言い訳にしかならないんだけど、青葉ちゃんを傷付けるつもりなんかなくって。でも、余計な気を回そうとしていたのは本当で。あんなに直球で聞かせるつもりはなかったの……」  しゅんと眉尻を下げた八重野は、私の想像以上に落ち込んでいる。  八重野に怒りなど覚えていなかった私は、慌てて手を振り否定した。 「ううん、事故で聞いちゃったのは私だし! その……内容は結構衝撃的だったんだけど、八重ちゃんに悪いところなんて何もないんだからね」 「青葉ちゃん……」  八重野は大きな瞳を潤ませて、じっと私を見つめる。  そんな姿も可憐だ。  自分とは違うなと半ば自嘲しながら、私は明るさを装って笑みを見せた。 「さあ、そんなことより今日はレク大! 絶対応援にいくから、お互い頑張ろうね!」  八重野の手をぎゅっと掴む。  折角のお祭り。楽しまなければ損だ。 「うん。ありがとう青葉ちゃん」  ようやく微笑みを見せた八重野に安堵する。  私は小さく息を吸い、その目を見返した。 「それでね。今日じゃなくても構わないんだけど……落ち着いたら、会長と立花瑞穂さんの話を、聞かせてくれたら嬉しいな」
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