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頭が混乱していても、心が沈んでいても、関係なく祭りはやってくる。
私は学校指定のジャージに身を包み、いつもどおりに登校した。
校門に差しかかると、校舎に下げられた『レクリエーション大会』の垂れ幕が目に入った。
校庭や体育館裏から最終練習のかけ声が聞こえてくる。
梅雨の間の快晴。
高揚した生徒達の賑わい。
一歩いっぽ昇降口に近付く度、夜通し感じていたモヤモヤした劣等感が、少しずつ薄れていくような気がする。
完全に忘れることなど、もちろんできない。
それでも、できる限りこのイベントを楽しみたいと、少しだけ前を向いた自分がいた。
「おはよう」
教室に入ると、熱気は更に濃く感じられた。
作戦会議が至るところで行われ、祭りの開始に先立って盛り上がっているようだった。
「あ、青葉ちゃん、おはよう」
私の姿を見るなり八重野が駆け寄ってくる。
橋爪の姿は見当たらない。レク大実行委員の仕事が忙しいのだろう。
生徒会の私達が教室にいて、いつもいる級友がいない。
非日常感のある奇妙な平穏に、私はクスリと笑みを零した。
「おはよう、八重ちゃん」
「うん、おはよう。青葉ちゃん、あの……」
八重野がバツが悪そうに口ごもる。
後に続く言葉は何となく予想がついた。
「昨日のことなんだけど……傷付けるような会話を聞かせちゃって、ごめんなさい」
そう言うや八重野は頭を下げた。
指先を組んだり解いたりしながら八重野は言葉を続ける。
「言い訳にしかならないんだけど、青葉ちゃんを傷付けるつもりなんかなくって。でも、余計な気を回そうとしていたのは本当で。あんなに直球で聞かせるつもりはなかったの……」
しゅんと眉尻を下げた八重野は、私の想像以上に落ち込んでいる。
八重野に怒りなど覚えていなかった私は、慌てて手を振り否定した。
「ううん、事故で聞いちゃったのは私だし! その……内容は結構衝撃的だったんだけど、八重ちゃんに悪いところなんて何もないんだからね」
「青葉ちゃん……」
八重野は大きな瞳を潤ませて、じっと私を見つめる。
そんな姿も可憐だ。
自分とは違うなと半ば自嘲しながら、私は明るさを装って笑みを見せた。
「さあ、そんなことより今日はレク大! 絶対応援にいくから、お互い頑張ろうね!」
八重野の手をぎゅっと掴む。
折角のお祭り。楽しまなければ損だ。
「うん。ありがとう青葉ちゃん」
ようやく微笑みを見せた八重野に安堵する。
私は小さく息を吸い、その目を見返した。
「それでね。今日じゃなくても構わないんだけど……落ち着いたら、会長と立花瑞穂さんの話を、聞かせてくれたら嬉しいな」
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