5話 一人で抱え込む風潮は吹き飛ばせ

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 そうお願いすると、八重野は目をパチクリとさせた。  それから優しい手付きで、頭をポンポンと撫でられる。 「競技の合間に時間があったら。それでその時青葉ちゃんが話を聞ける心境だったら、話をさせてね」  そう約束を交わすと八重野はチームに帰っていった。  朝一の試合に備え最終会議をしているのだろう。 「さて、今日の競技日程は、と……」  私は黒板に貼られた試合表を眺めた。  今日明日の二日にかけて行われる大行事。  八重野が出場するバレーは、早速今日の冒頭に第一試合がある。  橋爪が参加するサッカーの試合は昼前だ。  私はチラリと本日午後のスケジュールに目を向けた。  テニスの試合は午後一。シングルスで堀米が出場する予定だった。  ズキン、と胸が痛む。  彼の優しさは本当にただの『優しさ』でしかなくて、その裏で人知れず苦しい恋をしていると知ったこと。  柚木の前から逃亡した姿も、泣き腫らしたみっともない姿も見せてしまったこと。  昨日の今日で、ともすれば柚木以上に会いづらい理由などいくらでもあったが、私は彼を応援に行くと約束してしまっていた。 「ハンカチも、返さなきゃいけないしね」  言い訳がましく呟いて、こくりと頷く。  昨夕涙でぐしゃぐしゃに濡らした堀米のハンカチは、夜のうちに洗濯し、朝にアイロンをかけて出てきた。  約束を守りたい。  借り物を返したい。  でも何よりも折角のお祭りで、クラスや生徒会の大事な仲間である堀米をしっかり応援したい。  パンと両頬を叩く。  いつまでもくよくよしていても仕方ない。  今は全て忘れて、このイベントを楽しもう。  そう決心し黒板をきっと見据える。  と、近くにいた女子が、ふふっと笑った。 「青葉ちゃん、出番は明日の最後なのに気合い十分だね!」  茶化すように声をかけられ、手の下で頬が熱くなる。  私の出る種目は、借り物競争。  何回か試合のある他の球技などとは異なり、大会のトリを飾る一発勝負だ。  初っぱなから気合いを入れるせっかちな奴だと思われたのだろう。  上手く誤魔化すことができなかった私は、クラスメイト達の温かい視線に囲まれる。 「若林さんに負けてらんねえな」 「よし、頑張って白練水仙高校(すいせん)に勝つぞー!」  わらわらと黒板に集まってきたクラスメイト達が「えいえいおー」と(とき)の声を上げる。  中心にいた私は恥ずかしかったが、士気が上がったなら結果オーライだ。  小さく拳を上げ「おー」と同調すると、ジャージの袖で口元を隠してはにかんだ。  大会が始まる。  目一杯応援して、目一杯戦って、そして無事に終わるよう目一杯力を尽くそう。  応援と競技参加の時間以外は、全て生徒会役員としてパトロールに当てるつもりだ。  何事もなく、この行事が楽しく終わるように。  強く祈ると、私は教卓から赤いハチマキを取り、教壇を後にしたのだった。
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