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「試合の状況はどう?」
堀米は普段と変わりない調子で戦況を尋ねる。
無難な会話に変えてくれた彼に少し安堵しつつ、私は振り返って説明した。
「今、一セット取って、相手に一セット取られちゃってるところなんだ。三セットマッチだからここを取れたら勝ちなんだけど……」
私は答えながら得点板に目を向けた。
三セット目の点数は十三対十三。大接戦の大詰めだ。
またも両陣営で応援合戦が始まる。
マッチポイントを賭けた戦いは、今まさに白熱している。
どの選手も必死にボールに食らいつき、ラリーが続く。
そんな中、味方が上手くアタックを受け、ネット際の良い位置にレシーブを上げた。
八重野が瞬時に応じ、完璧なトスを上げる。
刹那、アタッカーが反応し高く跳躍した。
バシン!
ボールは鮮やかに相手のコートに吸い込まれていった。
これでマッチポイントだ。
味方陣営の主に女子から、再び黄色い歓声が上がる。
「いやーん、格好よすぎ!」
「惚れちゃうー!」
興奮が押さえきれない彼女達に混じって、私も再び声援を送る。
「八重ちゃーん! 素敵ー! ファンになっちゃうー!」
両手をブンブンと振り、絶叫するようにエールを送る。
横の堀米が微笑しながら顔を覗き込んだ。
「八重のファンになっちゃうの?」
「そりゃあ、もう! 普段はあんなに可愛いのに、こんな格好良い面も持ってるなんてずるいよねえ!」
「八重、中学時代はバレー部だったからね」
そう言って堀米は私の顔をじっと見つめる。
笑顔なのにどこか切なげなその表情に、ぎゅっと胸を絞られる。
昨日も見た顔だ。
押し殺した感情が笑顔に滲んでいるような、複雑な表情。
彼はその顔を崩さないまま、私に一歩近付いた。
「八重は良いなあ。若林さんに、こんなに応援してもらえて」
吐露した言葉に胸が跳ねて、即座に痛む。
甘い言葉が心臓に悪い。
「もちろん、堀米くんのことも応援に行くよ!」
彼を応援しないはずがない。私は慌てて返答した。
「本当?」
「本当!」
両拳を握って強く言うと、堀米はふっと微笑んだ。
切なさの薄れた、心底嬉しそうな顔だった。
「嬉しいな。僕のこと一番に応援してくれたら、もっと」
そう口にして、堀米は私にもう一歩近付く。
「僕は若林さんのこと、一番に応援してるから」
近くで囁かれ、耳が熱くなる。
この人は一体何がしたいのだろう。
そんな言葉をさらりと吐かないでほしい。
柚木が好きなら、あまりそういうことを言わないでほしい。
馬鹿で単純な私が二度と勘違いしてしまわないように。
混乱の最中、コートで一段と大きな歓声が上がる。
万歳しているクラスメイトの様子を見るに、私達のチームが勝ったのだろう。
堀米に与えられた混迷と、勝利の瞬間を見逃した落胆で、言葉にならないショックを受ける。
当の本人は涼しい顔で「パトロールに行ってくるよ」と去っていった。
「青葉ちゃん、勝ったよ! ってどうしたの?」
「え?」
「耳、真っ赤」
「っ!」
駆け寄ってきたクラスメイトに心配され、熱が顔中に伝播する。
「……堀米くんの、ばか」
私は歓声に掻き消されるような小声で、ぼそりと呟いたのだった。
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