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「ありますよ。怪我を見られたくないとか、人目が気になるとか、男女どちらの更衣室にも馴染めないとか、色々な事情の生徒がいますからね。理由に関係なくいつでも誰でも使えるようになっているんですよ」
そうすらすらと説明しながら、私は自分の出身校を思い出した。
山茶花高校に来てからは当然になっていたため忘れていたが、そういえば小学校にも中学校にもそんな設備はなかった。
男女それぞれに大きな更衣室が一つ。それが常識だった。
感心した様子の男子生徒を見ながら、彼の白練水仙高校にもそのような設備はないのだろうと思いを馳せた。
「他には多目的トイレも各地にありますよ。あ、怪我をしているなら先に保健室に行った方が良いでしょうか? ソーイングセットを誰かに借りても良いですけれど……」
「あ、いえ、十分です! ありがとうございます!」
保健室も苦手なのだと赤面する彼には、彼なりの事情があるのだろう。
私はそれには触れず、淡々と個室更衣室の場所まで同行した。
「やっぱり、山茶花は進んでいるんですね。白練水仙はもちろん、冬花中にだって、こんな配慮はなかったですよ」
「先輩は、冬花中の出身なのですか?」
一学年上だという彼は、問いにコクリと頷いた。
二つの高校と同系列の白練冬花中学校。そこでも設備が行き届いていなかったということは、この山茶花高校が異色なのだろう。
気分に合わせて気楽に利用していたこの環境が恵まれていることを、私は初めて強く意識した。
「ああ、でも自分の卒業間際には冬花中でも、個人更衣室みたいなものを導入しようって話が出ていた気がしますね」
「そうなんですか?」
「はい。見届ける前に卒業してしまいましたけどね」
はは、と笑う男子生徒に怯えの影はもうなく、代わりに穏やかな笑みを浮かべていた。
「白練水仙に進んだ生徒とか、その親とか、先生とかは、『山茶花は変人の巣窟だ』って言うんですけれどね。多様性があって、配慮があって、寛容で。この自由な校風には、正直少し憧れてしまいますね」
彼の言葉に、今度は私が目を丸くする番だった。
一方的に敵視され、嫌われ、無理難題を押し付けられて。
白練水仙高校に対してあまり良い感情を抱いていなかったのだが、ちゃんと考えてみれば、全員が過激な人間である訳がないのだ。
そう発見できただけでもこの交流には意味があったと、小さく胸が弾んだ。
「着きました。使い方はほぼ普通のお手洗いと同じですが、入口に詳しい説明書きがあるので、迷ったら是非ご覧ください」
「ありがとうございます。何から何まで助かりました」
目的地に到着する。普段は学生証を翳すセキュリティも、今日はゲスト用に開放されている。
男子生徒はこちらが恐縮するほど何度も頭を下げながら、更衣室のドアの向こうへ消えていった。
ふうと息を吐き出す。
このまま平和に楽しく行事が終われば良い。
本校生徒だけでなく白練水仙高校の生徒にもそう思ってもらえるような結末になれば良い。
また一つ理由の増えた私は、少しだけ足取りを軽くしてパトロールへ戻っていった。
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