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「山茶花の高校はトイレに個室数が多かったり、多目的トイレが多かったり、個別更衣室があったり……色んな設備があるでしょう? 障害のある生徒とか、性別が『男女』で区切れない生徒とか、色々な生徒が通っていたからそれに合わせて整備されていったのよ」
どんな生徒も偏見なく受け入れられて、設備もしっかりしているなんて恵まれた話よね。
そう前置きして、八重野は出身中学の話を切り出した。
「なんだけど、冬花中はそうじゃなかったの。昔気質な先生が多かったのもあるのか……とにかくハード面でもソフト面でも遅れていたのよ」
八重野は溜め息を吐き、呆れたように微笑む。
「そんな中、私が中学三年生の時ね。生徒会長になった柚木くんと副会長になった堀米くんが、個人更衣室の整備を公約に掲げて実行していったの」
「あの二人が……」
感嘆の声を漏らすと、八重野は口角を上げて話を続けた。
「さすがに山茶花高ほどしっかりした設備はできなかったけどね。それでも空き教室とパーテーションを利用して、個人が更衣室として使えるスペースを確保してくれたの」
饒舌に語る八重野は、懐かしそうに目を細める。
「その上、個人更衣室の利用者が白い目で見られないように、柚木くんと堀米くんは先陣切って利用を始めてくれてね。『ノーパンで来ちゃって集団着替え恥ずかしいから個室使ってくるわー』とか、『着替えが遅くて気を使うので個室使います』とか。あんまり軽いノリで利用するものだから皆気が抜けちゃって、徐々に利用者は増えていったのよ」
くすくすと笑う八重野に釣られて、私も笑みを零す。
裏工作や根回しが得意なのは昔からだったのだと、少し微笑ましくなる。
「とにかくLGBTsの生徒とか、怪我やコンプレックス持ちの生徒とかは、こぞって彼らに感謝したわね。しかも個室にはカウンセリングのポスターが貼ってあってね。『繋がり』を生むきっかけがあったお蔭で、虐待とか性別意識とか、色々な問題の解決に繋がる糸口にもなったんだから」
誇らしげな八重野の言葉を聞いて、私は息を呑んだ。
中学生とは思えない行き届いた配慮はどれほどの人を救ったのだろう。心に浮かんだのは素直な尊敬だった。
「私もすごく感謝した一人でね。思い切って庶務として生徒会に入ったの。でも……」
八重野は一転、顔を曇らせる。
「柚木くんは、偉業を称えられていたのに全然嬉しそうじゃなかったの。それどころか今までの頑張りが嘘みたいに、ずっと意気消沈してた」
「え?」
疑問が口を突いて出ると、八重野は悲しそうに微笑んだ。
「柚木くんの一番の目的は、同じ学校に通ってた『立花瑞穂』ちゃんのためだったのよ。芸能活動をしていた彼女が、幼馴染の柚木くんに『注目を浴びない更衣室があったらなぁ』って零したから。だから柚木くんは柄でもない生徒会長の座を取りに行って、がむしゃらに頑張ったんだって」
八重野の言葉に、背中を冷や汗が滑り落ちる。
立花瑞穂がブレイクし始めたのは中学生の頃だったはずだ。
無言の疑問に回答するように、八重野は話を続けた。
「でもね、瑞穂ちゃんはお仕事が忙しくて、段々学校に来られなくなっていったの。だから柚木くんは『どうせ俺が何をやっても今の『立花瑞穂』には届かない』って失望して、無気力になってしまったのよ」
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