5話 一人で抱え込む風潮は吹き飛ばせ

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+++ 「うわあ、もうこんな時間……!」  昼休み明け。  堀米の試合に向かった私は、途中で度々足止めを食らい大いに遅刻していた。  トイレの案内や具合の悪い生徒の付き添い。  放っておくこともできず次々対応してはテニスコートへ急いだ。  レク大でのシングルスの試合時間はさほど長いものではない。  ストレートで勝負が決まってしまえば、応援する約束を果たせなくなる可能性すらある。  コートに着く頃には私は全力疾走で息切れしていた。  フェンス越しに、ラケットを振る見慣れた長身の男子が見える。  幸いまだ試合中のようで、ほっと胸を撫で下ろす。  私はハチマキリボンの結び目を確認すると、ゲートをくぐり応援スペースへ進んだ。  気付いた八重野がぶんぶんと手を振る。 「青葉ちゃん、遅いわよ!」 「ごめん、色んな人に捕まっちゃって。それで試合は……」 「一ゲーム目は堀米くんが取ったんだけどね。その後二ゲーム取られちゃって、今四ゲーム目なの」  戦況の報告を受けている間に、スマッシュの決まる音がする。 「0‐30(ラブサーティ)!」  ボールを拾えなかった堀米が、腕で額の汗を拭う。  眉根を寄せる彼の表情からは、微かに疲弊が見てとれた。  確かルールは、ノーアドバンテージの四ゲーム先取だったはずだ。  このゲームを取られると後がなくなってしまう。 「堀米くん!」  気付けば私は、口の端に両手を添え、大声で彼の名前を呼んでいた。 『僕のこと、一番に応援してくれたら』  朝に聞いた、彼の願いを思い出しながら。  私は腹に力を込め、精一杯叫んだ。 「頑張って!!」  ベースラインの後ろに立った堀米が、反応してこちらに視線を向ける。  彼は少し口を開けて。  そして、いつものようにニコリと微笑んだ。  黄色い球が、彼の手から宙に放たれる。    パカン。  思い切り振り抜かれたラケットが、鮮やかな音を立ててボールを飛ばす。    相手が打ち返した緩めの球を、堀米は逃さなかった。  素早く打ち込んだ返球は、相手の反対側でワンバウンドを経て、そのままコート外へ飛んでいった。   「15‐30(フィフティーンサーティ)!」  主審の高らかな声で、味方サイドの観客が沸く。  ボールを受け取った堀米は、もう一度こちらを見て、今度は軽く手を振った。 「見てたよー! すごい!」  両手を振って、大げさなほどにエールを送る。  堀米はすぐサーブポジションへ戻っていったが、それでも伝わったことが分かった。  落ち着いた表情が、いつもの彼のそれに戻っていたからだ。  そこからの巻き返しは見事だった。  相手の強い返球も拾う。  フォアハンドで、両手バックハンドで、食らいついて地道に返す。  その粘りが報いて、四ゲーム目は40‐40(デュース)の末堀米が制することとなった。  クラスメイトの応援団は大盛り上がりだ。 「堀米ー! 男前だぞー!」 「かっこいいー!」  男女問わず飛ぶ声援に負けないように、私も必死で声を出す。 「堀米くーん! 格好良かったよー!」  次のゲームに備えていた堀米が、私達応援団を見ながら照れ臭そうにはにかむ。  その表情が可愛く感じられて、胸がキュンと切なくなった。
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