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僕の言葉はキリにとって完全に想定外だったようだ。小さく「…え?」と呟いたあと、半笑いみたいな震える声で「うそ…」と続けた。
「嘘じゃないよ。だって、本当にバレバレなくらい見てたの、知ってたからさ」
そう。
中学の頃から、気がつけば通は僕のことを見ていた。目が合っても、あいつはただ笑うだけで何も言わなかったけど、薄々は感づいていたんだ。他の友達に囲まれた僕への、羨望でも嫉妬でもないその視線がなんなのかってことを。
「じゃあ、なんで何も言わずにただの友達でいたの?」
キリはすぐに態勢を立て直した。
「よく平気でいられるわね。…通は私といる間、ずっとあなたの話をしてたのよ? 本当に、あなたの事ばかりで…痛いくらいに想ってるのが解った」
テーブルの上で両方の拳を握りしめ、敵意を隠しもせずに僕をなじる。
「あの人の方が好きなんでしょって訊いたらね、あっさり認めたわ。でも絶対上手くいかないからって…彼、笑うのよ? こんなのってある? 私が一番近くにいて、一番通のことを愛してるのに…!」
それは、キリの言う通りだろう。キリが通の一番の理解者であり、一番愛情を注いでくれる存在で、キリにとってもそれは同じなのだ。望めば望んだだけ、お互いに与え合える存在。そうであるはずだった。
「私はあなたの身代わりだった。最初からずっと…」
キリは呟くようにそう言った。淋しそうにも憎々しげにでもなく聞こえたその声は、どちらかと言えば嘲笑を含んでいるようだった。
「それだって、あなたは気づいてたの?」
「うん。…でも、知ってたからって、僕からどうこうはできないだろ。通が言わないでいるなら、僕の方からなんか訊けないよ。通がそういう付き合い方を望んだとしても、それはできないと思うから。でも、そんな理由で友達をやめるつもりもない」
「そんな…! 通をこれ以上苦しめないであげてよ…」
そう言ったキリの声の方が苦しげだった。
「お願い、通の前からいなくなって」
「僕がいなくなったって解決しない」
「時間をかければ、きっと忘れられるわ」
キリは引き下がらない。今にも僕に掴みかかりそうな勢いで詰め寄ってくる。僕は更に椅子を引いた。
「それは…無理なんじゃないかな、君がいる限りは」
「私じゃ通を癒せないって言うの?」
がたんっと音を立ててキリは立ち上がった。気圧されないように見上げながら、淡々と答える。
「そうだよ」
「…!」
「もっと早く、君と話すべきだった」
絶句するキリに、僕はできるだけ感情的にならないように話しかけた。
「余計なお世話かもしれないし、君が通の救いになるならこのままでいいかって思ってたけど、それは間違いだったみたいだ」
何か反論しようと口を開きかけたところを片手で制する。
「君こそ、そろそろ通を返してくれないか?」
「返す、ですって…!?」
キリの声と、握りしめた拳が震えている。気持ちを落ちつけるためにゆっくりと一呼吸して、僕は話しはじめた。
「少し、昔の話をするよ」
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