「ねぇレイレイ、ここはどこかしら?」

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「ねぇレイレイ、ここはどこかしら?」

1  不規則な揺れとカーテンの隙間から射し込んだ朝日が彼女の目覚めを促した。アーリーはベッドの上で身を起こすと、三分の一も開いていない目を頑張って開こうと戦っている。  僕はベッドの上で横たわったまま、頬杖をついた状態で彼女にとある魔法をかける。  長くも短い葛藤の果てに、アーリーの瞳は五割程度にまで開かれた。彼女の眼と頭がようやく活動を始めたのか、アーリーはきょろきょろと周囲を観察した。  すぐに隣にいる僕を見つけ、けれど即座に声を掛けることはせず。もう少し辺りを見回して、しかしそこに確信に至る何かを発見することは出来なかったようで、アーリーは僕の方を向いて言った。 ──ねえレイレイ、ここはどこかしら?  予知していた言葉を受け、僕も予め用意していた笑みを顔に貼り付けて答える。 「おはようアーちゃん。ここは夜馬車の中だよ。そこのカーテンを開いて、外を見てごらん」  アーリーは寝間着にしている薄手の貫頭衣のままで寝台の端まで這っていき、僕の言葉に素直に従った。開かれたカーテンから鋭さすら感じられる朝日が射し込み、うす暗かった寝台馬車の中は途端に明るさを増した。  窓にはめ込まれた月硝子を透過したことによって陽光は薄い青色に色付き、それが純白のシーツを鮮やかに染めた。  中央に人が一人通れるだけの幅を残し、馬車の側面にぴったりとくっつけるようにして二つのベッドが置かれている。その内の一方で、膝立ちの体勢で窓から見える光景に釘付けになっているアーリーは、端的に言って美しかった。  白銀に輝く長髪は紙に落とした水滴のようにシーツに広がり、月硝子によって色付いた朝日を浴びて薄い青色を帯びると、それはまるで静かに流れ落ちる滝のようにも見えた。  興味を惹かれるものを見付ける度に、右へ左へと向けられる小さな頭と、つられて揺れる華奢な肩。細い肩の下は髪に隠れて見えないが、腰に向けて下がっていくにつれて、さらにきゅっと細く締まっていることを僕は知っている。 「レイレイ、どうしたの?」  アーリーに見惚れていた僕は、彼女の声で我に返った。 「……いや、アーちゃんは今日も綺麗だなって」と僕が言う。するとアーリーはにこっと笑って、 「えへ、レイレイもかっこいいわ」と、恥ずかしそうに頬を染めながら返した。 「ありがとう、アーちゃん。……そろそろ着替えようか。朝ご飯の時間だよ」 「ええ。……けど、レイレイ。わたしが着替えてる間、こっちを見たらダメよ?」  アーリーは眉をひそめながら、そんなませたことを口にした。  僕は「分かった、気をつけるよ」と言って、彼女に背を向けた。月硝子の向こうに森が見えた。鬱蒼と茂る、緑ばかりの森だ。こうした景色を見る度に思い出す。アーリーが魔女に呪いを掛けられたのは、こんな森の中にぽつんと立っていた、小さな家の中でのことだった。
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