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ぐぷ、ぐちゅ。
俺の耳を犯す生々しい水音が聞こえる。
「はあ、ぁっ、あ」
「やめ、ろッ…!隆太…!」
血に汚れた父のスラックスも下着も全て剥ぎ取って俺はその上に跨り腰を振った。
父は嫌悪感を顕にしているが俺の中にあるものは未だに萎える様子はない。
俺で興奮してくれているのが嬉しい。ああ、気持ちいい。
「あっ、ぁ、あ゛っ!はぁ、ん、ぁ」
馬鹿みたいに腰を振ってひたすらに父のものを貪った。
俺の中に遺伝子がないのなら、俺の体が変わる程に種を注ぎ込めばいいだけの話じゃないか。
なんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだろう。そうしたら、そうしたらさ、俺、お父さんの子供になれるだろ。な、そうだろ。
「っ、ぐ」
「あ」
父の呻き声とともに俺の中に何かが注がれる感覚。胸と後ろがぎゅううっと締め付けられた。
脳内麻薬がどぱどぱ溢れて頭の中が大洪水になる。
あ、あ、嬉しい。嬉しい。幸せ。
「お父さん…っ」
堪らず抱き着いてキスをする。
父は嫌がったが無理やり押さえつけて舌を押し込んだ。
暖かくてぬるぬるして、少し煙草臭い。気持ちいい。
呼吸もできない程中を舐めまわしていると、俺の舌に強い痛みが走った。
思わず口を離すと、父は口端から血を滲ませながら俺を睨みつけていた。
「触るな…っ、」
俺を見る目には怒りと恐怖と嫌悪。
「気色の悪い…!」
強い拒絶が業火のように燃え上がっていた。
途端熱く火照った薄皮一枚の下で、俺の心が沼底に沈むように冷えていく。
「ッお前のような気狂いを愛せるわけがないだろう!!」
ゴッ。
硬い音がした。
「うるせえな」
俺は父の顔を殴りつけていた。
「うるせえ、」
俺が殴る度に赤いものが飛び散って、たまに白いものも混じって飛んでいった。あれは歯だろうか。
「なんであんたはいっつもそうなんだよ俺はこんなに頑張ってるのにどうして俺を求めてくれないんだよなんで捨てるんだよなんでなんでなんでなんで」
ゴッ。
「なあ」
ゴッ。
「なあって」
ゴツッ。
「なあ聞いてんのかよ」
気づけば俺の手は血が滲み、皮膚が剥き出しでズタズタになっていた。
「何か言ってよ」
そう言っても目の前の父は動かない。
「…あれ?」
俺は倒れた父の体に抱きついた。まだ温かい。
なのにぴくりとも動かない。
後ろに入っていたものも萎えてしまって反応がない。俺は腰をあげてそれを引き抜いた。
「お、お父さん?」
そのまま父の顔を覗き込んだが、そこには何の光もない無機質な目玉があるだけだった。
「あ」
死んで、しまった。
これはもはや父ではなくただの肉塊だ。俺がそうしてしまった。
「…お父さんじゃない」
お父さんがいなくなった。殺してしまった。
その事実を理解した途端ぞっと俺の体に冷たいものが走った。全身の血が凍りつくようだ、震えが止まらない。
「あ、ぁ、あ」
俺は父の為に生きてきた、お父さんがいないと何も出来ない。どうやって生きればいいのか分からない。
怖い、怖い、助けて。
思わず立ち上がろうとした俺は床に広がる血に足を取られた。
転びかけて両手足を床につく。ビチャリとどこか重たい音を立てて赤が飛び散った。
「嫌だ…お父さん…!」
俺は床に這いつくばったまま頭を抱えた。
お父さんのいない世界じゃ生きていけない。
今更ながら辺りに充満する鉄くさい臭いが妙に鼻をついた。
腹の底からざわりざわりと何かがせり上がってくる。
「っぅ、お゛、げぇ…っ」
胃から喉を這い上がってまるで俺の中から生まれるように、何かが吐き出された。
びちゃびちゃと落ちる黄色い胃液の中に蠢くものは、あの百足。
噛みちぎって喰い殺したはずの胴体や頭は全て元に戻っていて、大量の足をざわざわ動かして俺の手元まで気味の悪い動きで歩いて来る。
俺は涙を流したままぼんやりとそれを見つめた。
そこで、ふと気がついた。
「あ…」
ああ。そうだ。
お父さんはまだいるじゃないか。
目の前の肉塊なんかとは違う。何もしなくても、何も出来なくても、同じ種族じゃなくとも、俺のことを無条件に愛してくれる父がいる。
お父さんがいなくなってしまったのなら、お父さんがいる世界に俺が行けばいい。
ここは、苦しい。
「ごめんなさい」
苦しいよ。
俺はひとりじゃ生きていけない。
「助けてください」
思い返せばこの百足は俺が絶望して苦しむ度に現れた。
俺がどんなに反抗しても、何度だって手を引いて連れて行こうとした。
いや、手を差し伸べてくれていたんだ。
またあの優しい狂気が欲しい。
種が違おうと無条件で過剰なほど愛してくれる俺だけの父が欲しい。
「もう逃げないから…俺のこと…許して、くれますか」
そう聞けば百足は触覚を動かせてある方向へと歩き出した。
百足の歩く先には、窓がある。
―――おいで。
あの低い絡みつくような声がそう囁いた気がした。
「ふ、ふ…っ、く」
俺は顔を綻ばせて立ち上がった。人間の体液という体液すべてが染みた服を着直して部屋を見渡した。
赤い。西日が直接窓から差し込んで辺り一帯が真っ赤に染まっている。床も、壁も、天井も血のようだ。
赤い色の中には親鳥と雛鳥の死体がひとつずつ落ちている。
ここにある全て、俺にはもう必要のないものだ。
俺は足を踏み出した。向かう先は扉ではなく大きな窓。窓枠にとまった百足が俺をじっと見ている。
足がなにか硬い肉のようなものを踏みつけたが気にもとまらなかった。
ガタリと音を立てて窓を引き開ければ、夕日がとても眩しく目を焼いた。
虚ろな目で窓の下を見つめる。風が強く、とても高い。そっと窓枠に足をかけた。
お前は絶対に戻ってくる、あの時蟲妖はそう言った。本当にその通りだ。
一度知ってしまえばあの狂った甘さからは抜け出せない。
こっちは辛くて苦しいことばかりだ。何であんなに帰りたいと切望していたのだろう。
もうどちらが現実だって構わない。
お父さんが隣にいてくれさえすれば、どこだって生きていける。
「また…銀竜って、呼んで。御父様」
俺は頭から空に飛び込んだ。
芋虫は鳥のようには飛べない。葉から降りればただ地べたに落ちて死ぬだけだ。
でも俺の堕ちる先は地べたよりも底にある、光のない暗い虫籠。
二度と這いあがれない、それでも構わない。
ああ、目が覚めたら、俺は――。
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