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心が憔悴していく。俺の中身が空っぽになっていく。
全て無くなってしまえば楽になれるのだろうか。
「銀竜」
俺は寝台に寝転んだまま生気のない瞳で、隣に腰掛ける蟲妖を見上げた。
蟲妖は俺の耳を撫でると腰に下げた巾着袋から何かを取り出した。
「足をお出し…」
「…、え」
それは以前どこかで見かけたことのある、掌におさまるほどの小さな靴だった。
「可愛いお前を畜生のように繋ぐのは心が痛む…でも鎖を外したらお前は私の見ていないところで遊んで怪我をしてしまうかもしれない…だから」
俺の足首にそっと蟲妖の細長い指が触れた。
「ひ…」
「纏足にしよう…」
「…や、い、いやだ…っ」
てんそく、というものが何なのか。俺にはよく分からないがとにかく恐ろしいことをされるのだと直感で察した。
飾りかと思うほど小さく綺麗な刺繍の施された靴は、絶対に俺の足に、いや、女の足にだって入りはしない。
震えながら首を振る俺に蟲妖は言った。
「怖いのなら父に掴まっていなさい…」
俺は片腕で背中を支えられながら抱き起こされた。
足元で鉄の足枷の外れる音がする。久方ぶりに自由を取り戻した両足はとても軽く感じたがそれはきっと一瞬のことだろう。
「な、なにを、何をするんですかっ…」
「纏足は本来幼児期に済ませておくべきものでな…お前の成長し終わった足ではもう自然に纏足にするのは無理だ…足の骨を折り曲げて砕くことにする…」
「、ぃっ…」
喉から情けないほど引きつった声が漏れた。
ガタガタと震える俺の足を蟲妖は愛おしげに撫であげた。
「…私の毒で感覚を麻痺させる、少し痺れはするが痛みはないよ…」
毒。
俺がその言葉を理解するより速く、蟲妖の上衣の裾から出た尾の針が俺の足に突き立てられた。
「っ!痛、ぁ゛あッ…!!」
途端足が熱を持ち、裂かれるような痛みが走った。
じくじくと熱を持ち出した足を抑えてのたうつ俺を蟲妖の腕が抑えるように抱き締めていた。
「大丈夫…最初だけだ…ほら、もう痛くないだろう…」
「はぁっ…はぁ…」
俺は脂汗を滲ませ、涎を垂らしながら自分の足を見た。
蟲妖の言う通り痛みはすぐに引いていった。しかし、痛みのなくなった足は動かそうとしても指の一本さえ動かなかった。
「よしよし…そのままじっとしておいで…上手くやらないと折った骨が皮膚を突き破ってしまう」
「や、」
恐ろしいことを言いながら蟲妖は俺の素足を掴んだ。
やめろ。
そう叫ぶ前に。ごきゅ、と足から何かがひしゃげる音がした。骨を伝ってその振動が全身に広がるのは恐怖そのものだった。
「あ、あぁ、あ」
おかしな方向に曲がった俺の足は異様な形へ変わり果てていた。
ごきゅ、ごき。容赦なく骨に鈍い衝撃が響いて俺の足が小さく折り畳まれていく。壊れていく。
自分の足が無惨に破壊されるざまを見ていられなくて、俺は蟲妖の胸元に顔を押し付けた。
「…終わった、もう大丈夫だ」
蟲妖がそう言う頃には俺はまた恐怖で失禁をしていた。
蟲妖は俺の涙でぐしゃぐしゃになった顔を撫でて酷い有様になった足に固定するように包帯を強く巻き付けた。
「折れた骨がくっつくまでは少し痛むだろうが…その時は私に言いなさい」
その上に絹の靴下を被せ、あの纏足靴を俺の足に履かせた。
異形としか言えない俺の足。
それをそっと持ちあげて蟲妖は爪先に口付けた。
「ああ…よく似合う…可愛いよ、銀竜」
俺はひとりで歩くことすら出来なくなった。
そう思うと両目から馬鹿みたいに涙が溢れ出た。
俺が自分の足を抱き抱えて余りにも泣くので蟲妖が困った様にご機嫌取りをし始めた。
「ひっ…ぅ…うぅ…っ」
「今は痛くないだろう?泣くんじゃない…お前が泣くと私も辛い…」
足と自由を返して欲しい。そうして暫く泣き続けた。
やがて泣き疲れて眠ってしまうまで蟲妖はずっと俺を抱き抱えていた。
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