たとえば

6/17
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
発作を起こして苦しい呼吸が、投与される薬剤でたちまちの内に治まって行くのは幼心に魔法だと思った程だ。 「毎日お薬もらっちゃ駄目なの」 「お薬はね、使い方を間違えると身体に悪い毒にもなるの」 素朴な疑問に答えてくれた看護師の言葉の中でその部分が強く印象に残り、結果として薬剤の不思議さに惹かれた今現在の相馬が在る。薬学科を出た後はどこかの研究室に勤めて、アレルギーを抑える副作用の少ない薬の開発に携わる未来が希望だ。 透も葉多も似た考えで、数が減っただけ新薬の出る事が少なくなった抑制剤の開発に関わりたい透と、生まれつき匂いを感じる事の出来ない葉多は、不全状態の身体機能を改善させる物質を探したいと言っていた。 急に周囲で沸き上がる歓声と、ビル壁面に掲げられたTV画面からの声に、相馬は俯けていた顔を上げる。 応援の団扇やライトを振る人の群れに、用意周到さを感じながらも視線は自然と見上げた場所に縫い付けられた。 『降臨』が始まったのだ。 大して興味を持たない人間の視線すら釘付けにする驚異のカリスマ性。 響き渡るアンサンブルは、回りの騒音を瞬く間に駆逐し行き交う人の足を止める。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!