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翌日の昼前、速水は手土産を携えて柳沢家を訪れる。
応接室に通される。双方の自己紹介の後、速水が口火を切る。
「今日お伺いしたのは、お嬢さんの遙さんのことです。遙さんと結婚させてください」
驚いた父の英雄は、速水に厳しく言う。
「いきなり結婚なんて……大体君のこともよく知らないのに、許可などできない。そもそも、君はご両親を早くに亡くされたときいているが、学校に行くのだって大変だったはずだ」
「確かに、働きながら高校を出ました。その後、幾つかの仕事を経て、東亜コーポレーションに就職しました。現在はそれなりの実績を積み上げています。遙さんを養っていくだけの力はあります。ですから、遙さんとの結婚をお許しください」
「家はこの町でも名士と言われる家柄だ。君のような人間は遙にはふさわしくない」
今まで黙っていた遙だったが、
「お父さん、私のお腹の中には秀一さんの子どもがいるの。だから、お願い、結婚を許して」
そう言った途端、父親の逆鱗にふれてしまった。
「馬鹿者。お前もお前なら、遙も遙だ。なんでそんな愚かなことを……」
「私、ずっと秀一さんのことが好きだった。10年ぶりに再会して、それでも忘れられなかった。だから……」
「10年前?遙が高校生のころじゃないか。そんな幼い娘を言いくるめたのか」
「違うの、お父さん……」
「私のことを悪く言われるのは構いませんが、遙さんのことだけは、そんな風に言わないでください」
「黙れ!もう帰ってくれ」
そう言って、英雄は部屋から出て行った。
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