今夜だけは抱きしめて

41/46
前へ
/46ページ
次へ
 翌日の昼前、速水は手土産を携えて柳沢家を訪れる。  応接室に通される。双方の自己紹介の後、速水が口火を切る。 「今日お伺いしたのは、お嬢さんの遙さんのことです。遙さんと結婚させてください」  驚いた父の英雄は、速水に厳しく言う。 「いきなり結婚なんて……大体君のこともよく知らないのに、許可などできない。そもそも、君はご両親を早くに亡くされたときいているが、学校に行くのだって大変だったはずだ」 「確かに、働きながら高校を出ました。その後、幾つかの仕事を経て、東亜コーポレーションに就職しました。現在はそれなりの実績を積み上げています。遙さんを養っていくだけの力はあります。ですから、遙さんとの結婚をお許しください」 「家はこの町でも名士と言われる家柄だ。君のような人間は遙にはふさわしくない」  今まで黙っていた遙だったが、 「お父さん、私のお腹の中には秀一さんの子どもがいるの。だから、お願い、結婚を許して」  そう言った途端、父親の逆鱗にふれてしまった。 「馬鹿者。お前もお前なら、遙も遙だ。なんでそんな愚かなことを……」 「私、ずっと秀一さんのことが好きだった。10年ぶりに再会して、それでも忘れられなかった。だから……」 「10年前?遙が高校生のころじゃないか。そんな幼い娘を言いくるめたのか」 「違うの、お父さん……」 「私のことを悪く言われるのは構いませんが、遙さんのことだけは、そんな風に言わないでください」 「黙れ!もう帰ってくれ」 そう言って、英雄は部屋から出て行った。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加