帰還

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「誠にその生き物が竜の末裔ならば、確かに此度の魔物を倒せるのはお前たちだけかもしれない。しかし、騎竜としてその背におまえが乗らねばならんのに、おまえの肩に乗っているのでは馬よりも戦力にならんのではないか」 「これは仮の姿です。真の大きさでは城に入ることは出来ませんから。それに、早く移動できることだけが竜の能力ではありません。竜と同調すると、魔物の気配を察知したり本質を見抜いたりする力が共用できて、対魔物戦において欠かせない能力が得られるのです」  ジュセウスのことを、訓練を通して誰よりも知っている師である。うぬぼれや誇張がそこにないことはわかっていた。しかし、目の前のまだ幼さを残している少年よりもはるかに経験豊富な騎士たちが失敗した任務である。しばらく躊躇したのは、弟子可愛さ以外の何物でもない。  しかし、もう万策尽きた状態であった。竜の助力を得ていると断言する弟子に委ねるしかない。 「では、ジュセウスよ。ジェイ・ユーダ姫を浚った魔物を追い、姫を救い出してくれ。大役を課した証に、王に代わって五つ星の紋章を授けよう。この紋章があればどの国でもお前は歓待され、物資の供給に不自由はないだろう。これくらいしかしてやれることはないが・・・そうだ、北へ旅立つ前に、一度、故郷へ戻るといい。立派に成長した姿を母君に見せてあげなさい」  最後になるかもしれないからと口に出しては言えなかった。だが、案じずにはいられない。 「それには及びません。でも、お言葉に甘えてひとつ頼みをきいていただけますか」 「おお、言ってみろ」  ジュセウスは背負っていた荷袋から布に包まれた物を取りだした。 「アザレートで出会った学者が改良した新種の芋です。竜の山にしか生えない特殊な芋をアルアバイヤのどこにでもある芋と掛け合わせることに成功し、痩せた土地でも根付き、栄養豊かな大きな実をつけることができます。これを大陸に広めるようにと託されたんです」 「こんな丸々とした実は初めて見た」 「アザレートから戻る途中に寄った村には少しずつ渡してきましたが、もっと多くの村に、出来ればビスレムの村にも配っていただきたいのです。身内をひいきするようで申し訳ないのですが」 「何を言うか。私が責任をもってその役目を引き継ごう。故郷の村も母上のことも任せてくれ」  囚われた姫の身を思えば一日も無駄にはできない。休むまもなく旅の支度をし、恩師と別れの握手をして、いましも城を出ようとした時である。急使が東の塔からの知らせを持ってきた。 「申し上げます。サイモン様から伝言です。”大至急、イン・マ・ヌ・エールを我が元へ”と」 「インマヌエール、星からの贈り物か。何のことだろう」  首をひねるバプテストの横で、ジュセウスはまさかという思いで訊ねた。 「サイモン様とは、どのような方ですか」 「東の塔の賢者で、遠見だか先見だかの技を習得しておられるかただ。現在の王都の賢者長でいらっしゃる」 「遠見…、ならば、たぶんイン・マ・ヌ・エールとは僕の事です。東の塔へ向かわなくてはならないでしょうか。一刻も早く北へ向かった方がいいと思うのですが」  王都の賢者らは人々の喧騒を嫌い、都を出、森を越えた先の荒れ地の中ほどに塔を立てている。城からだと、早い馬でも一日半ほど掛かる距離だ。 「塔の賢者の言葉は聞き逃してはならない。もしかするとおまえの、この新たな任務について助言を下さるのかもしれない。たとえ回り道でも、まずは東へ向かえ。サイモン様に会うのだ」
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