王都

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「ジュセウス。お前、アザレートがどういう所か判って言っているのか。まさか、竜の山に行く気ではあるまいな」 「そうです。バプテスト様」 「血迷った事を。魔物が横行する田舎の母が気になるのであるなら、竜騎士でなくても、王宮騎士になって都に呼び寄せてやれば良いであろう」 「安心できる暮らしをさせてあげたいのは母だけではないのです。村の人たちみんなと、そして、この豊かなインスレンの都から遠く離れた地に住む貧しい人たちすべてです。僕は幼い頃から村の長老の語る昔語りを聞いて育ちました。古き良き時代、竜と共に生きていた人々の幸福な物語です。その頃から決めていたんです。竜を探し、竜騎士になろうと。そのために今まで努力してきたんです。陛下、どうかこの願いをお聞き届けください」  ジュセウスは周囲の動揺など気にも留めず、王をまっすぐに見つめた。  すると、それまで王座の横で黙って立っていた王の一人娘、ジェイ・ユーダ王女が口を開いた。 「ビスレムのジュセウスと言いましたね。そなた、何故アザレートの町が封鎖されているか知っていますか」  ジュセウスは王女の方に目をやった。白い肌に大きな愛くるしい黒い瞳。大陸一の美姫として名高いジェイ・ユーダ姫。  王妃は難産のために命を落としてしまった。その愛妃と引き換えに得たこの姫を王は溺愛し、片時も傍から離すことがなかった。王の隣にいる姫の姿を目にした者は偉大なる善王以上に、彼女へ忠誠を誓わずにおれないと密かに囁かれていた。それが誇張された噂話でなかったことを、ジュセウスは今、自分の目と心で確認していた。 「はい、王女様。アザレートは流刑の地。かろうじて死刑を免れた重罪人が余生を送るための隔離された場所です。痩せた土地に作物は育たず、物資の配給を管理することで彼らを抑えてあやうい均衡を保っている。なので、人の行き来が制限されています」 「お父様の許可でアザレートに入ることは出来ましょう。ですが、あの町の者たちにそなたの身の安全を約束させることは、お父様でも出来ないのです」 「自分の身は、自分で守ります」 「仮にアザレートで罪人たちに何もされずにその先の竜の山に辿り着けたとしても、竜を見つけることが出来るかしら。もしも奇跡的に見つけることが出来たとして、竜がそなたを受け入れなかったら」 「王女様、お優しい心遣い有難うございます。しかし、待ち受ける苦難は百も承知です」  姫とのやりとりを聞いていた王が静かに立ち上がった。 「ジュセウス。そなたの決意しかと見届けた。アザレートへ行くがよい」 「お父様」 「陛下」  異を唱えようとした姫や家臣を片手を挙げて制し、王がジュセウスに言った。 「この大陸は、北方から闇に侵され始めている。魔物相手では、いかに武に優れたものでもわずかな心の隙から魂を奪われてしまい、翻弄され、戦闘は困難を強いられている。徐々にその闇の勢力がこの王都へと迫っていることは賢者らから忠告を受けている。竜族の協力が必要なことも、とうから助言されておった。当然、すでに何人もの優秀な騎士が竜の山へ向かった。しかし、目的を達成して戻った者はいない」  王の顔に暗い影がさした。 「もう、竜騎士になろうという者はいないと思っておった。そなたは、かつて旅立ったどの騎士よりも幼く未熟だ。しかし、志の高さは誰にも劣らん」  王の言葉を聞いた王女は、大きなため息を漏らした。 「ジュセウス。そなたのような優秀な騎士候補を失うのは嘆かわしいことです。たとえ、志し半ばで引き返しても恥じることはありません。決して無理はせず、無事に戻っていらっしゃい」  王女の言葉は、彼の決心を鈍らせるほどに甘く優しかった。しかし、ジュセウスはそんな姫のためにも、必ずやと決意を新たにしたのだった。
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