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旅立ち
その日、ビスレムの村で一人の少年が十五歳の誕生日を迎えた。少年の名前はジュセウス。しかし、村の人々にはイン・マ・ヌ・エール、星からの贈り物と呼ばれていた。
それは十五年前、これまで誰も見たことがない規模の大流星群が夜空を明るく照らした夜、ひと際大きな星が天を横切ったまさにその瞬間、ジュセウスが産声をあげたからだった。
この大陸では、星には精霊が宿っており、地上の人間を見守ってくれていると信じられていた。欲深い者には災いを、慈悲深い者には幸運を与えてくれる。それゆえに、雨のごとく星降る恵み深き聖夜に生まれた少年を、村の者はみなでこよなく慈しみ育んだ。
「ミ・エール(私のお星さま)、出かける前にもう一度、よく顔を見せておくれ」
「母さん、インスレンの都は遠いんだ。もう行かないと」
「ああ、ミ・エール」
「そんな顔しないで。たった三年だよ。三年経ったらきっと立派な竜騎士になって迎えに来るから。それまでの間、ほんの少し辛抱していて」
まだ幼さの残る少年の頬を、母親はそっと両手に挟んでなでた。
「幼い頃からお前はそう言っていたね。もう引き止めないよ。頑張っておいで」
「うん、母さん。行ってきます」
母に別れを告げ、家を出ようとしたジュセウスは、戸口で足を止めた。
「イン・マ・ヌ・エール。そなたの旅立ちを見送らせてくれ」
生まれたばかりの彼の所に最初にやって来て名前を授けてくれた、この村の長老を先頭に、村人たちが家の前に集まっていた。
「長老。みんな」
「お前の父は勇敢な男であった。西の沼地に巣くった魔物を命をかけて退治し、村を守ってくれた。そのジョゼットの忘れ形見であるお前なら、きっと王宮騎士になれるだろう。だが、そんなお前でも竜騎士になるのは困難な望みじゃ。竜族との交流は途絶えて久しい」
何度も聞かされた話だった。気難しく潔癖な竜族が人を嫌って離れていった事。
「困難なことはわかっています、長老」
そう答えたジュセウスの目に、固い決意が宿っていた。
「うむ、そうだな。お前は星の御子だ。お前ならばなれるかもしれん」
「きっと竜騎士になって帰ってきます。そして、みんなが安心して暮らせるように村を守って働きます」
周囲の大人たちより頭一つ半小さい少年が、大それた夢を語っている。けれど、誰も笑おうとも冷やかそうともしなかった。
少年が選んだ道は険しく、まさに命をかけなくてはならない日がくるだろう。その選択を少年が、爽やかな笑顔で語っているのは、無知や無謀さゆえでなく、揺るぎない意志があるからこそである。それを、幼いころから彼を知っている村の人々は、ちゃんとわかっているのだ。
少年の、明るい金髪が風に揺れている。その後ろ姿がだんだん小さくなるのを、村人たちはずっと見守った。村から灯りが消えたような不安と、その灯りが村だけでなく大陸全土を照らすことになってくれるかもしれない期待を抱きながら。
「とにかく無事でいておくれ」
「必ず戻って来ておくれ」
みな、ジュセウスのために祈った。
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