東の塔の賢者

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東の塔の賢者

 ジュセウスは、東の塔を目指した。本来の大きさに戻ったジェーンの翼ならば、馬で一日かかる距離もほんの数刻で辿り着くことができた。 「あ、あれだジェーン」  荒れ地の彼方にポツンと岩山がそびえている。その頂上に、石造りの質素な尖塔が見えた。 (地面に降りるね)  ジェーンは大きな翼を羽ばたかせて地上に降りたった。  その大きさからすると地面に凄まじい地響きがし、大きな砂埃が舞い上がるかと思えた。が、実際にはわずかな風さえ起こらず、耳につくほどの音もしなかった。  空を飛ぶ時の速度は乗っているジュセウスが前を向いていると息が出来ないほどに力強いというのに、地上に降りる時は虫にすら気配を感じさせないほど静かな動きをする。夜の闇に紛れていれば、街中に降りたっても気付かれる心配はない。  竜がみなそうなのか、竜族でも稀な貴種であるラベンダードラゴンの王子であるジェーンだからこそ出来る技なのか。動きに淀みがなく、一つ一つの動作に気品を感じさせた。 「急な岩山だね。山というより崖かな。階段とか入口とかはなさそうだ。でも、この頂上に塔が建っているんだから、ここを登るしかないんだろうなぁ。ジェーン、肩につかまってて」  竜の巨体は、瞬きをするほどの間に人の頭くらいに縮み、ジュセウスの肩でまるまった。  ジュセウスは、岩肌の小さな突起に手や足をかけ、器用に素早く崖を登っていった。あまりに軽々とやってのけるので容易い事のように見えるが、指の力、足の力、体幹、集中力。生まれ持った能力にプラスして鍛えられた肉体と精神力があってこその動きだった。  登り着いた岩山の上に建てられている十数層の塔に、入り口と見えるのは正面の一カ所だけだった。その入り口の扉の前に一人の男が立っていた。黒いフード付きの長衣で全身を覆っているユーゲン教徒らしき男だ。 「お待ちしていました。どうぞこちらへ」
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