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 私はその声にぴくっと反応して、目を見開いた。 「呼んでるの、お母さん? 良かったね」  少年は目をくりっとさせて笑った。そして、ほっとしたように、ふうっと息を吐いた。  もしかして、少年はどうした方がいいのか、迷っていたのかもしれない。  しかし、そんなことを思ったのも、一瞬のことだった。私はハッとして、立ち上がり、呼び声に応えた。 「お母さあん! 私! さきはここにいるよお!」  少し、つつじの繁みから、通路の方に進んでみた。 「お母さあん! さきだよお!」  すると、呼び声がだんだんと大きくなり、こちらに近付いてきた。 「お姉ちゃん!」  はじめにつつじの陰から飛び出してきたのは、妹のよしみだった。  続いて、母と父も現れた。 「さきちゃん、捜したよ。もお、いなくなってもて、心配したがの」  私が母に抱きつくと、母もぎゅっと抱きしめてくれた。 「お母さん、さきちゃんが誰かに連れて行かれたんでないかって思ったわね」  母の言葉に、いっしょにいた少年が連れて行ったと疑われたら大変だと思った。  慌てて母から離れると、後ろを振り返った。  さっきいたつつじの陰まで行ってみる。  けれど、もうそこに少年の姿はなかった。ほっとしたけれど、さよならも言えなかったことが、少し心残りだった。  家族のもとに戻れた安心感で、心の中の黒い雲があっと言う間に無くなった。もしかしたら、歩いているうちに、もう一度会えるかもしれないと、希望を持った。    上の端から見下ろすつつじの海は、遠浅の穏やかな海に見えた。人のざわめきが、寄せては返すさざ波の音になって聞こえてくる。 「よっちゃん、何色のつつじが好き?」  よしみは、見渡すにはちょっと背が低いようで、背伸びをして焦れている。 「よっちゃん、もっと見たいよお」 「どらどら」  父がヒョイと抱き上げると、よしみはにっこり笑った。ゆったりとお姫様のように見回す。 「あれ、あの赤―いのがいい」 「え? 赤いのある?」  よしみが指さした先を見てみると、本当に赤いつつじがある。見渡してみると、数は多くないけれど、ところどころに咲いている。でもやっぱりつつじはピンクがいい。赤むらさきと薄いのと迷うところだ。 「私は、うーんそうだな。ピンクの薄い方」  私たちの会話を聞いているのか、近くのつつじは、風にふるふると花びらを揺らして微笑んでいる。さっきは、どうしてあんなに意地悪く見えたのか不思議に思った。    それから、下におりて、屋台のたこ焼きを食べた。  大きくて、まるごと1個は食べられず、半分にして食べた。それでも熱いものだから、はふはふと口を動かした。  そばで誰かが笑っていた。  もしかして、あの少年かもしれない。ぱっとそちらを見たが、見知らぬ男の子だった。 「さきちゃん、どうしたん?」  母に問われたが、「ううん、何にも」と、とぼけて、またたこ焼きを口に放り込んだ。 「あっつ、熱い!」 「何やってるの、熱いって、さっきから言ってるのに」  笑いながら、心の中ではもう一度会いたいと思っていた。  駐車場でも、きょろきょろと注意深く見て歩いた。  それでも、もう少年に会うことはできなかった。
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