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 何とも言えない気持ちが胸にあふれてきたのは、眠る頃になってからだった。  淋しいような、そわそわするような気がするのだ。  胸にじわっと熱いものを感じるのに、すぐ後には、はだかんぼうにでもなったみたいに、スカスカする。  体がムズムズして、じっとしていられなかった。  私はわけがわからなくて、泣きたくなった。  そして、いつの間にか、つつじの群生の中にいた。  つつじは、ピンクの波になって打ち寄せてくる。  会場の音や人のざわめきは、何方向からも聞こえて、ハウリングしている。  それは波音のように、ザザーンザブーン、ザザーンザブーンと聞こえるのだ。  そして、波打ち際には、あの少年がいた。  私が駆け寄ると、少年はにこっと笑った。 「また会えた。あの後、すぐ戻ったけど、もういなかったから」 「ごめん。ぼくも家族とはぐれたなと思って、捜しに行った」 「え? 大丈夫やった?」 「大丈夫。うちの家族は、うるさくしゃべってるから、すぐわかる」 「ふうん、おしゃべりなんや」 「うん。しゃべるのに忙しくて、ぼくがおらんのも気付いてなかったし。迷子になった女の子といっしょにいたって言っても、信じてくれんし」  私は、少年が家族を相手に、むきになって説明してる様子が目に浮かんで、おかしくなった。 「いつまでいたの? 私はたこ焼き食べてたの。また会えるかなあって、きょろきょろしてたんやけど」 「ああ、妹がレッサーパンダ見たいって言って、動物園の方に行ったから」 「レッサー……パンダ? そんなのいたの?」 「え? いるやん、動物園に」  少年は驚いた顔をした。 「動物園? パンダ?」 「いるって。坂の上、さがしてみ」  今度はにかっと笑った。    その笑顔に、私はどきっとした。  何でどきっとするのかわからなかった。  目が覚めて、ああ、夢だったのかと納得した。  だって、動物園なんてなかったもん。  そんなことより、もう一度会えたことが、嬉しかった。  夢で会いたい。  夢で会いたい。  私はもう一度会えますようにと、毎晩祈りながら眠りに就いた。  それから少年は、何度も夢に現れた。  けれど、1回目のように、話をすることはなかった。  メガネをくいっと上げると、レンズの真ん中の目がまっすぐにこちらを見る。  それだけで、どぎまぎした。  私が話しかけようとすると、いつもそこで目が覚めてしまうのだった。 それから、花や虫に興味が出てきた。 花は、あのつつじを見てから、花壇の花や野に咲く花が目に留まり、何ていう花なのか調べるようになった。名前がわかると親しみが湧く。 虫も同じだ。小さな虫も名前がある。 それに、虫に詳しくなれば、あの少年と会ったら、話ができる。そう思った。 でも、彼が言った通り、ルリボシカミキリには、なかなか出会えなかった。  夢で会えた日の朝は、気持ちがもわもわした。  会えて嬉しい。  でも、もう夢でしか会えないのかな。  会いたいな。  会いたいな。  どこにいるのかな。  はじめ、胸がぎゅうっとなるのは、病気なのかと思った。  そのうちこれは、嬉しいけど、淋しくて悲しいっていう、いっぺんにいくつもの気持ちがあふれた時になるんだとわかった。    切ない。  あんなに複雑でどうしようもない気持ちなのに、そんな短い言葉で表わすなんて。  それを知るのは、もっとずっと後のことだった。
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