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2.
何とも言えない気持ちが胸にあふれてきたのは、眠る頃になってからだった。
淋しいような、そわそわするような気がするのだ。
胸にじわっと熱いものを感じるのに、すぐ後には、はだかんぼうにでもなったみたいに、スカスカする。
体がムズムズして、じっとしていられなかった。
私はわけがわからなくて、泣きたくなった。
そして、いつの間にか、つつじの群生の中にいた。
つつじは、ピンクの波になって打ち寄せてくる。
会場の音や人のざわめきは、何方向からも聞こえて、ハウリングしている。
それは波音のように、ザザーンザブーン、ザザーンザブーンと聞こえるのだ。
そして、波打ち際には、あの少年がいた。
私が駆け寄ると、少年はにこっと笑った。
「また会えた。あの後、すぐ戻ったけど、もういなかったから」
「ごめん。ぼくも家族とはぐれたなと思って、捜しに行った」
「え? 大丈夫やった?」
「大丈夫。うちの家族は、うるさくしゃべってるから、すぐわかる」
「ふうん、おしゃべりなんや」
「うん。しゃべるのに忙しくて、ぼくがおらんのも気付いてなかったし。迷子になった女の子といっしょにいたって言っても、信じてくれんし」
私は、少年が家族を相手に、むきになって説明してる様子が目に浮かんで、おかしくなった。
「いつまでいたの? 私はたこ焼き食べてたの。また会えるかなあって、きょろきょろしてたんやけど」
「ああ、妹がレッサーパンダ見たいって言って、動物園の方に行ったから」
「レッサー……パンダ? そんなのいたの?」
「え? いるやん、動物園に」
少年は驚いた顔をした。
「動物園? パンダ?」
「いるって。坂の上、さがしてみ」
今度はにかっと笑った。
その笑顔に、私はどきっとした。
何でどきっとするのかわからなかった。
目が覚めて、ああ、夢だったのかと納得した。
だって、動物園なんてなかったもん。
そんなことより、もう一度会えたことが、嬉しかった。
夢で会いたい。
夢で会いたい。
私はもう一度会えますようにと、毎晩祈りながら眠りに就いた。
それから少年は、何度も夢に現れた。
けれど、1回目のように、話をすることはなかった。
メガネをくいっと上げると、レンズの真ん中の目がまっすぐにこちらを見る。
それだけで、どぎまぎした。
私が話しかけようとすると、いつもそこで目が覚めてしまうのだった。
それから、花や虫に興味が出てきた。
花は、あのつつじを見てから、花壇の花や野に咲く花が目に留まり、何ていう花なのか調べるようになった。名前がわかると親しみが湧く。
虫も同じだ。小さな虫も名前がある。
それに、虫に詳しくなれば、あの少年と会ったら、話ができる。そう思った。
でも、彼が言った通り、ルリボシカミキリには、なかなか出会えなかった。
夢で会えた日の朝は、気持ちがもわもわした。
会えて嬉しい。
でも、もう夢でしか会えないのかな。
会いたいな。
会いたいな。
どこにいるのかな。
はじめ、胸がぎゅうっとなるのは、病気なのかと思った。
そのうちこれは、嬉しいけど、淋しくて悲しいっていう、いっぺんにいくつもの気持ちがあふれた時になるんだとわかった。
切ない。
あんなに複雑でどうしようもない気持ちなのに、そんな短い言葉で表わすなんて。
それを知るのは、もっとずっと後のことだった。
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