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 子どもは2人生まれた。  上が男の子で(たくみ)、下が女の子でゆか子と名付けた。  夫の(みのる)さんが陽気な人なので、家の中はいつもにぎやかだった。 実さんも自然が好きだったので、よく山や川に出かけた。テーマパークでなくても、家族で出かければ、どこでも楽しめた。 ゆか子は、おしゃまでよく笑う。明るい実さんとよく似た性格だった。 匠は慎重な子だ。よく考える笑顔のいい子だ。そして、みんなが楽しんでいるのがわかるとまたそれが嬉しいと思う。そんな子だった。 私は家族と過ごす時間が大好きだった。 匠は6年生になったある日、神妙な顔で、私に1枚のプリントを見せた。 「ねえ、ぼくメガネかけなあかんの?」  それは、先日学校で行なった、眼健診の結果だった。両眼とも視力が落ちているらしい。  まず、眼科医院で診てもらうと、メガネをかけた方がいいだろうと言われた。  処方箋を持って、メガネ店に行った。  実さんは目がいいので、それまで無縁だったメガネに興味津々だ。当の本人の方が所在なげにしている。 「俺もちょっと、かけてみるかな」 「そうねえ、パパの顔やと、どんなのが似合うかな」  すかさず、店員が勧めてきた。実さんはその1つをかけると、私に顔を向けた。 「どうや?」  私はどきっとした。妙な胸騒ぎがした。 「パパが似合ってもしょうがないでしょ。かけるのは、たっくんなんやから」  私は、匠にかけてみるように声をかけた。匠は手近なフレームをかけると、こちらを向いた。    私は、驚いた。  声も出なかった。  匠が、今度は真剣に選び始めた。 「これがいい」  選んできたのは、青いフレームだった。  かけてみると、現れたのは、あの少年だった。 やっと会えた。 会えたんだ。 会いたくて。 会いたくて。 毎晩、祈っていた。 何だ。 願いは、とっくに叶っていたのね。  在庫のレンズで間に合ったので、メガネはすぐに出来上がった。  匠の顔に合わせると、それはずい分前からかけていたかのようになじんでいた。 「お、かっこいいな」  実さんの言葉に、匠はそうかなと言って、いろいろな角度から鏡を見ている。  私は思わず、笑ってしまった。 「そっかあ……」 「ママは何、にやけてるんやって」  そりゃあ、にやけたくもなるわ、とつぶやく。  あの初恋の少年に、再会できたんだから。  それにしても、どこでどう間違って、運命の人がわが息子なの? キューピッドはえらくそそっかしくないかと、毒づいてみる。  でも、匠を授かるには、実さんと出会う必要があったんだからと、無理に結論づける。そう言えば、実さんと匠の笑う顔は、そっくりだ。では、実さんを好きになった時も、少年の姿を重ねていたの?  私はわけがわからなくなって、もう考えるのはやめることにした。 けれど、運命が繋がっていたのは、確かなことだ。それは、間違いないのだと納得した。  今度の日曜日は天気がいい予報なので、つつじまつりに行こうと決まった。 「もう、会場じゅうピンクやら白やら花の色が重なるように咲いててね、まるで海みたいなんよ」 「ママ、行ったことあるん?」 「あるよ。ママがゆかちゃんぐらいの時に」 「その頃はまだ、動物園無かったやろ。今はレッサーパンダがいるぞ」 「レッサーパンダ? 見たい! 見たい!」  私は匠にそっと言った。 「迷子の女の子がいたら、親切にしてあげてね」 「何、それ」  匠は気の無い返事をする。 「ルリボシカミキリがいるかもよ」  すると、とたんにメガネの奥の目がキラリと輝いた。 「え? 見たい! いるの?」 「それは、わからないけどね」  私はふっと笑って、匠の髪の毛をゴシゴシッと撫でた。  色は栗色だから、もっと柔らかいと思ってたな、と独り言ちた。  耳に、ザザーンザブーンと波音が聞こえた。  そして、まぶたの裏には、あのピンクのつつじの海がよみがえっていた。
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