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9.後生の願い ( 1 )
「九尾様、 後生です」
きりりとした、木の葉のような目をまっすぐ九尾に向けてそう言ったのは、化け狐の一人、凛だ。
「後生が何回あるんだ?」
微笑を浮かべながら九尾は返したが、凛は厳しい表情を崩さない。
「何回でしょうね」
溜め息で、明るい茶色の髪が揺れた。腰まで緩やかに伸びた髪を軽くなでつけ、凛は九尾とその周囲を見回す。
「まだ後生の願いを一度で聞いていただいたことはありませんから」
さあ、と凛が九尾の腕を引くと、そこにいる5人の人影から一斉に非難の声があがった。
「う・る・さ・い・です!」
凛が一喝する。
ここは九尾の寝所だ。そして、声は寝所にはべる女たち、すなわち狐が化けた女性たちである。
「だいたい!一度に5人も!多すぎです。節操のない…」
溜め息を吐く凛の前で、九尾もばつが悪そうな顔をしている。
九尾は一族の長で、化生の姿はかなりの男前だ。
妻を持たない艶事の好きな神獣の化身に、同じく妖艶な美女が閨を共にしたいと押し掛ける。
それを、来るものを拒まず受け入れていると、両手に花どころか、まとめて複数…という無節操な図になることもあるのだ。
「怒るなよ…」
九尾は、凛が苦手だ。いや、凛に怒られることが、決まりが悪いのだ。
その優男らしいやんわりとした笑顔で、なんとかやり過ごそうとしたが、そうはいかない。
「怒りますよ。大天狗様がお待ちです。早く服を着て下さい」
九尾の裸を見慣れている凛は、散らかった着物を拾い、軽く整えて手渡す。
「そんな怒ってばかりだと、嫁の貰い手がなくなるぞ」
人払いをして身支度を整えながら、九尾は感情のこもらない口調で言う。
「大きなお世話です」
こちらも淡々とした口振りだ。
「もらってやろうか」
「娘に何を仰いますやら」
「もとは他里の狐だろう」
2人きりになると繰り広げられる、お決まりの会話だ。そしていつも、最後は凛の言葉で締め括られる。
「私は拾われた身なんですから。心配はご無用です」
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