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「おお、確かに凛だ」
大天狗は感嘆している。昔、九尾に、着物はどう作るんだと聞いたことがあったが、その辺の諸々を集めて適当に、と、適当な返事が返ってきたのだった。
とにかく着衣まで自在にできる変化というものは、きちんとした形になれば便利そうだった。
「さすがだな」
「当たり前だろう。俺の直伝だぞ」
「お前の里のものより化け上手なんじゃないか」
「凛は元々綺麗だからな。俺の目に狂いはない」
「…九尾こそ惚気に聞こえるぞ」
長2人の会話に、あらまあ、と烏天狗は笑うが、凛は「娘可愛さですよ」と流している。
「しかし」
天狗の声音が変わった。
「普通の獣が、そんな簡単に変化を身に付けられるわけではなかろう」
九尾も、言わんとするところがわかり話を引き取る。
「そうだ。だから化け猫は猫のままだ」
年を経て本来の姿より変わった猫又とは違い、にわかに多少の妖力を得た獣のできることには限度がある。
「手拭いを被り踊る姿は、すでに普通の猫ではない。しかし、人に変化するまでの力もない。おそらく、怨念ではなく情念で一時的に人間のような仕草を型どっているだけだろう。猫自身の気持ちが落ち着けば、自然と事態も収束する」
「落ち着く、とは?」
凛が、九尾に尋ねた。
人間の姿の凛は、九尾の胸から抜け出し、すらりと佇んでいる。
「死んだ飼い主への未練が絶ちきられたら、化け猫は普通の猫に戻るさ。そうしたら、あとは寿命を待つだけだ」
寿命。
凛は静かに、その言葉を反芻する。
「あら」
ふと、烏天狗が声をあげた。
小さな天狗が、凛に手を伸ばしている。
「抱っこしてほしいのかしら」
いい?と聞かれ、凛もはい、と頷き体をそちらに向けると、赤子は自ら凛の胸に飛び込んできた。
「…かわいい」
そう抱き直すと、小さな手がなにかを探し始めた。
え?と凛が言うのと、母親の、あら、という声が同時に上がる。
「あらやだ。お腹空いてるのかも…」
ごく自然に、小さな手が凛の着物の襟元から滑り込む。母親のそれとは違ってささやかな膨らみだが、それでも目当ての物は探しあてたらしい。
赤子の指に、力が入る。
「…!」
凛が、顔を真っ赤にして声にならない声をあげた。
九尾も、これまた珍しく口を半開きにしている。まさか赤子相手に本気で怒るわけにいかないのだろう。
「ああ…」
九尾の口から、力なく声が漏れた。
「ああ…」
大天狗も、申し訳無さそうに呟いた。
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