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数日続いた吹雪が止むと、烏天狗たちは山の表側にある隠れ家に集まり会合を開いた。
長の遺体は、見つからなかったのだ。
雪女に連れていかれたか、凍りついて砕けたか。いずれにしろすでに存在しないのは、持ち主を失い舞い戻ってきた羽団扇を見るまでもなく、息子である柳が本能によりそれを断言したからである。
そしてその事実は、同時に柳の肩にかかる重責を表すものだ。
「柳、頼むな」
藍の父の言葉は新しい長に全幅の信頼を寄せるものでは決してなく、青二才への牽制であることは明らかだ。柳もまた父の跡を継ぐことが何よりの供養であると自覚しているが、若さ故に、無謀な行動に走らないと約束はできない。一族内で図らずも利害は一致し、柳は古参の烏天狗達の監視下に置かれた。
そして数ヵ月の後、人間でいうところの妻にあたる、妙齢の女をあてがわれた柳は、幼い藍にとって最早気軽に話せる相手ではなくなっていた。
藍よ、と、隠れ家の簡素な部屋に正座をし、父である烏天狗は向かいに座る娘へ言う。
「このような事態にならなければ、お前と柳を添わせることが出来たかもしれん」
正面で父を見上げる藍は、自身の両膝にきっちり握った拳を置き、口元を真一文字に閉じている。
「わかるな」
父の言葉は、有無を言わさぬものであった。
藍は拳を緩め、膝より手のひら分ほど先に、静かに両手の指を揃えて付いた。上体を倒し、両の親指と人差し指で畳に象った空洞に、額を静める。
今はただ、諾と言うしかないのは藍が何よりわかっているのだ。 母のすすり泣きは、静かな屋敷には悲しいほど響いたが、藍は泣かなかった。
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