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もう、夕刻だ。夕陽が凛の髪を照らす。
「怒っていますか」
里に戻る途中、足を止めて凛は言った。後ろめたさは微塵も無く、声音はいつものようにきりっとしている。
九尾は、歩を止めた。
凛の手を引き再び足を踏み出すと、すでにそこは里の中だった。
「何をだ」
「勝手に村に行ったことを」
「怒ってはいない」
手を繋いだまま、九尾は凛を見つめる。
心配をかけたのは凛のほうなのに、その大きな目で見返され、九尾のほうが目を逸らした。
「では、赤子に体を触らせたことですか」
はあ、と溜め息をついた。
「俺が触っても無反応なのにな」
無言のまま、手を繋いだまま並んで歩く。背格好は、男女として釣り合いが取れている。しかし、付かず離れず歩く様は自然すぎて、それ以上の感情を想起できるものではなかった。
「すまない」
後ろめたいのは、自分のほうなのだ。
「なぜ、謝るんですか」
「お前が狐の姿でいることを咎める権利は俺にない。だが、危ない目には遭って欲しくない」
勝手に傍に置いて、勝手に心配している自分の言うことをいちいち聞く理由は、本来、凛にはない。
「勝手なことを仰る…」
「そうだ、勝手だな」
だから、と続ける。
「理由があれば、勝手を言っても良いか」
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