14.雪おんな(2)

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だが、年若い長は、苦しむ人々の姿を見て悩む。 「人々の暮らしに手出しは無用です。重々ご存知かと」 (りゅう)は、藍を見つめた。藍の言葉は、父の烏天狗に似ているが、その心根は(りゅう)に近いものだとお互いによく理解しているからこそ、わざわざ戒めのように口にするのだ。 「では、俺は何故こうしているのだ」 悲しげに、(りゅう)は呟いた。 「一族の中で、ひときわ特異な外貌と力とを、俺は備えている。それは、山の神から預かった強大な力を操り、山へ、山と共に生きる者達へ恵みを返す使命を与えられているからでは無いのか」 (りゅう)が握っている拳に、力が入るのがわかった。 「父さんが死んだ時も、何もできなかった。この数年間、傀儡(かいらい)のように過ごしている。俺は、なんのために生を受けているのだ、と」 「(りゅう)…」 藍は、その苦渋に満ちた横顔を見上げた。 「俺がもし子を為さぬまま命を落としても、違う腹から一族を統べるものは生まれるだろう。生まれなくとも、それにより一族が滅びようと、それは山の摂理だ。だからこそ、今、与えられた本分を全うできないのなら、存在している意味はない」 (りゅう)は長を継いでから、既に2度女の烏天狗を娶り、別れている。長老達は非難するが、無用に部下を縛り付けることもできない(りゅう)の優しさは藍には痛いほどわかっていた。 「(りゅう)…」 藍はほとんど無意識に、(りゅう)の手を取った。背は勿論届かないが、並んで少し顔を向けたら互いの目を見られるくらい、近くなっている。(りゅう)も藍を見て手を握り返し、そのまま体を引き寄せ抱きしめた。 「藍、俺の片腕になってくれ。俺が迷う時に、傍にいて叱咤してほしい」 妻ではなく、一族を率いる助けとして。 それは、(りゅう)と添い遂げるという淡い少女の夢を既に打ち砕かれた藍にとっては、予想外に嬉しい言葉だった。 何よりも、(りゅう)に必要とされている事実と、それに報いたいという気持ちが沸き上がる。先代の長が命を落とした時に、自分の無力さに苛まれた藍には、これこそ幼き頃より願っていた形だと実感もしていた。 諾、と藍は頷く。 好いた男の腕の中で、女として生きることを捨てたのだ。
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