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黙って聞いてる凛の目は、まっすぐ九尾を見ている。逸らしたくなるのを、ぐっと我慢して言った。
「俺の妻になれ」
穏やかな口調は変わらない。
なれ、とは言うが、命令ではない九尾の物言いは、凛は余るほど理解しているはずだ。
そして、幾度となく冗談めかして言われた言葉が、今回は本気というのもわかっただろう。しかし、彼女は落ち着いている。
「妻として、そばにいろと?」
「そうだ」
「それが、九尾様が私に望んでいることですか」
一瞬、九尾が言葉に詰まった。
「それが」
努めて穏やかに、話し続ける。
「そうなるのが、お互いにとって望ましいことだと思っている」
しばし、2人とも声を発しず見つめあった。
しかし凛のそれは情愛ではなく、挑むような目だ。
「できません」
迷いのない返事。
そうか、と寂しげに九尾は言った。
「好きな男でもできたか」
いえ、と、間を置かずに凛は首を振る。
「俺のことは」
「好きです」
九尾は手を伸ばし、凛を抱いた。
そのまま、唇を首筋にあて、手を体に這わす。しかし、閨に来る者のような反応は、凛にはなく、ただ、身を任せているだけだ。
「近くに、置きすぎたな」
いえ、と凛は言った。
「近くにいられて、幸せでした」
娘として。
赤子に触られた時ですら過剰な反応をした生娘の凛が、九尾には異性として何も感情を揺さぶられないのだ。
「後生のお願いです、父様」
娘ならば、いずれ独り立ちせねばならない。
「里を、出ます」
凛は、静かに、育ての親へ言葉をかけた。
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