9.後生の願い( 2 )

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黙って聞いてる凛の目は、まっすぐ九尾を見ている。逸らしたくなるのを、ぐっと我慢して言った。 「俺の妻になれ」 穏やかな口調は変わらない。 なれ、とは言うが、命令ではない九尾の物言いは、凛は余るほど理解しているはずだ。 そして、幾度となく冗談めかして言われた言葉が、今回は本気というのもわかっただろう。しかし、彼女は落ち着いている。 「妻として、そばにいろと?」 「そうだ」 「それが、九尾様が私に望んでいることですか」 一瞬、九尾が言葉に詰まった。 「それが」 努めて穏やかに、話し続ける。 「そうなるのが、お互いにとって望ましいことだと思っている」 しばし、2人とも声を発しず見つめあった。 しかし凛のそれは情愛ではなく、挑むような目だ。 「できません」 迷いのない返事。 そうか、と寂しげに九尾は言った。 「好きな男でもできたか」 いえ、と、間を置かずに凛は首を振る。 「俺のことは」 「好きです」 九尾は手を伸ばし、凛を抱いた。 そのまま、唇を首筋にあて、手を体に這わす。しかし、閨に来る者のような反応は、凛にはなく、ただ、身を任せているだけだ。 「近くに、置きすぎたな」 いえ、と凛は言った。 「近くにいられて、幸せでした」 娘として。 赤子に触られた時ですら過剰な反応をした生娘(きむすめ)の凛が、九尾には異性として何も感情を揺さぶられないのだ。 「後生のお願いです、父様(とうさま)」 娘ならば、いずれ独り立ちせねばならない。 「里を、出ます」 凛は、静かに、育ての親へ言葉をかけた。
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