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それでも、ただの人間の男が再会を切望し険しい道を越えてくるだけの何かが、雪女にはあるのだ。
「…私の父は」
柳の口から自然と滑り出したのは、7年前の出来事だ。男は目の前の修験者の口調が、先ほどまでの威厳あるものから変わったことに気付き、黙って耳を傾けた。
「私がまだ少年の頃、雪山で命を落とした。そのとき大人たちは口々に話していたのだ」
訥々と話す様は、独り言かと思えるほどだ。柳は視線は男ではなく、足元の雪に向けたまま話す。
「父は、雪女に惑わされたのだろう、と」
事実は判然としないが、年齢を重ね妻をめとり、藍とめおとになった自分には、男女の情が引きおこす結果が、わかるようでわからぬことであった。
「お前が会った女…雪女は、かつて白髪の偉丈夫と逢瀬を重ねた話をしていなかっただろうか」
柳はそこで言葉を切り、男の返事を待った。
話の内容を反芻していたのか、しばらく微動だにしないまま柳を見ていた男だったが、日がさし、木に積もった雪がやや溶けて落ちる音で我に返った。
「いや…何も」
「…そうか」
また、雪が落ちた。柳は足元の雪を軽く踏み、少しだけ表情を緩めた。
「お前が、かの女に会いたいと思う気持ちはわからいではない。だが、人ともののけは相容れぬもの。天寿を全うしたいなら自分の村へ帰るがよかろう」
「おれは、帰っても家族はいねえ」
寂しそうな笑みを浮かべ、男は言った。
「女房も死んで、誰のために生きてるかわからなかった俺は、雪女に会って久しぶりに心が沸いたんだ。…だけど」
男は、今度は自嘲気味に笑う。
「修験者様の言うとおりかもな。俺は雪女に会いたいと思っても、向こうはそうじゃないかもしれねえ…」
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