14.雪おんな(6)

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「何を話した?」 気は急いてるが、この機会は逃せないのだ。(りゅう)は声を落として努めて感情を出さないように聞くと、女はゆっくりと話し出す。何故、と。 「なぜ、そんなことを聞きたがるのでしょう?」 ふふ、と袖口で口を覆い、女は笑った。 「聞いたところで、なんの意味がありましょう…」 では、と(りゅう)は質問を変えた。 「人間の、旅の男を知らんか。この山小屋で女と会ったと聞いたが、この雪の中で行方が知れぬ」 「ああ…」 火は、ほとんど消えかかっている。女の顔は、闇の中でも浮かび上がって見えるほど、白い。 「儚いものです」 その一言で、何が起きたのか(りゅう)にはわかる。しかしそれを口にした時の女の顔は先ほどとはまるで違う、能面のように表情が読み取れないものだった。 「お前の、せいか」 なにを、と女は笑った。 「男は、私を呼んだのですよ。私はただ、呼ばれれ来ただけ。山が、雪が、ただ私をそこに遣るだけ」 「…昔会ったという修験者も、お前を呼んだのか」 女はまた口角をあげて表情を作る。懐かしむような、憐れむような。 「かつて会った修験者様も、お一人でした。そして私に言われました。一人は、寂しくないか、と」 父が? 寂しくないか、と? (りゅう)はその、もののけの長らしからぬ言葉を父が発した事実に混乱する。 「なぜ聞くのでしょう。私は、そういうふうに生まれて、そういうふうに過ごしている」 (りゅう)は一本、薪をくべた。残り火はかろうじてやや湿気ったその一本に移り、次第に木肌を焦がしていく。炎があがり、また、女の顔が橙を映す。 「雪を降らせる。それはやがて溶けて川を流れて、生き物を育む。山の一部である自分に、このほかの生き方はありましょうや」 (りゅう)は、女の白い手を見た。 「…人を見て、うらやむことは無かったのか。自らが与えた恵みを共に享受したいとは思わなかったか」 (りゅう)が問うと、女は淡々と答えた。 「人は生まれ、老いて、生を終えれば肉体は土に還りやがて新たに人の恵みとなる」 火がまた、はぜる。 「同じように、山から頂いたものは山へ還る。これに抗うことは、生を無に帰すことと同じ」 ぱち、と再度薪が音を立て、火の粉があがった。 「ではなぜ」 (りゅう)の服や白い髪も、赤く照らされている。 「お前は人や…他の者がいるところへ現れるのだ」 ふふ、と女は笑った。 「言いましたでしょう、呼ばれるのだと。私は、山へ還る手助けをしているだけです。修験者様は、還りたがっていた」 還りたい。 (りゅう)はその言葉を反芻した。 「己がいる場所から、解放されたいと」 はっと思った。 気づけばそこは山小屋ではなく、誰もいない雪原である。 足跡は(りゅう)のものすら消えており、もちろん女がいた痕跡はあるはずもなかった。 父は、自ら雪女を呼んだのだ。 その事実が(りゅう)の中で滔々と広がり、半ば愕然とした気持ちでかつてと同じく嗚咽を漏らした時、その声をかき消すように雪が視界を、体を覆った。 (りゅう)は、なすすべもなく雪崩に呑まれた。 :::::::::::
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