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14.雪おんな(終)
どのように転がり落ちたかは定かではないが、最後は背中から積雪に勢いよく落ち、無防備に仰向けのまま気絶した柳が目を覚ました時に、目の前には雪女がいた。
温かい吐息と気配が、優しく柳を包む。
「あら」
女は、笑っているようだ。
「お髪が白いので、初老の男性かと思いましたが…若い天狗様でしたか」
大天狗の柳が目を開けると、そこにいたのは、腰が隠れるくらいの黒い髪を風になびかせた、やけに色の白い女だ。揃えていない前髪の隙間からは、すっと筆で引いたような目鼻。小袖に裸足という格好だが、この雪景色には驚くほど溶け込んでいる。
「不本意だが、よく間違えられる」
柳は苦笑した。後ろで一つに束ねた白い長髪は、まだ20代半ばに見える柳の顔に、不思議と似合っている。細くややつり上がった目と通った鼻筋、そして男らしい頬骨に、貫禄があるからだろうか。
その厚い胸板や体を包む修験者装束も白く、降る雪とすでに同化しているようだ。
「羽も白いのですね。雪に埋もれてますわ」
女は、かがんで大天狗の羽に触れた。白い大きな羽は、広げれば吹雪にも負けないほどだろう。雪と一緒に、女の髪が舞い上がる。
「お前は雪女なのに髪が黒いな。烏天狗のようだ」
ふふ、と女も笑う。口元から漏れる息は、ほんのすこしだけ白い。
「あなたなら」
声は発せられた途端に雪の結晶に変わり、柳の顔の上に落ち、弾けた。
「口付けをしても温かいままなのかしら」
それは質問のようでいて、独り言のようにささやかだった。柳は再び眠気に呑まれそうになっていたが、目の前の雪女に挑戦的な表情を向けた。
「試してみるか?」
雪女は袖で口元を抑え、さもおかしいという風に笑う。
「止めておきましょう。山の天狗達を敵に回す度胸はありませぬ」
「そうか」
柳が答えると、雪女は立ち上がり、その場で一度片足を軸にするようにゆっくりと回った。雪が風に巻き上げられるように集まり雪女を包んだが、すぐに周りの吹雪と同化する。そして、雪女も消えていた。
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