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夕刻、木々から西日が差し始めた。
その中を歩く凛の髪が、振り向くたびにきらめく。
「さて」
里を出たものの、凛に行くあてはない。
身の回りのものだけ風呂敷に包み、肩に担いでひたすら歩いていたら、町にほど近いところまで来たが、いかんせんこの先どうするかを決めていなかった。
そもそも、生まれた場所に帰れないから、九尾が拾い、ずっとそこにいたのだから。
じきに、日は落ちるだろう。
「ひとまず今日の宿を探さないと」
その気になったら狐に戻り、木のうろで暮らそう。そう思った時に、目の前を何かが横切った。
ひらひら舞う、手拭い。
そして、そこから見える、2本の足。
立っても凛の膝の高さほどしかないそれには、全身にびっしり、獣の毛が生えている。
「猫…」
凛の呟きに反応してこちらを向いたのは、やはり猫だ。
にゃー、と一声鳴いたあと、凛を頭から足先まで眺める。
「なんだお前、狐か」
ひいい!と、凛は思わず悲鳴をあげた。猫が喋った!と言ったところ、化け狐が何を、と呆れた声が返ってきた。
「この近くの、九尾さんとこのやつか?この町にもよく来るよな。まあ初めて見る顔だけど、なかなか美人に化けてるじゃないか」
凛は、里を出たときから獣の耳は隠している。
滅多に町におりたことはないが、こうしないと駄目だと九尾にきつく言われて育ったからだ。
だが、同じ化け性のものにはわかるらしい。
「あなたこそ、近頃夜な夜な踊り歩いているという、化け猫でしょう?化けてはいないみたいだけど」
「できないんだよ」
猫は、憮然とした。
「なかなか難しいんだ…それに俺は、人間になりたいわけじゃないから」
そう言って、手拭いを前足で器用に扱うと、首にかけた。まるで農夫のようだ。
「それよりお前、宿がどうとか言っていたな。良かったらうちに来いよ。なかなか悪くないところを見つけたんだ」
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