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暗闇に紛れるように猫についていくと、あばら家に着いた。
「最近まで物ごいが住んでたんだけどさ、いなくなったからおとといから俺が住んでる。まあ座れよ」
座れ、と言われても、座布団も何もない。躊躇していると、猫が驚いたように言った。
「なんだ、本当にお嬢さん育ちなのか。ひょっとして九尾の娘とか」
こちらも少しためらってから頷くと、猫は、そうなのか、と潰れたような声を出した。
「なら仕方ないかあ…それにしても、どうして町に?親子喧嘩か?」
親子喧嘩といえばそう言えなくもない。
と、そこではたと思った。
「どうして、夫婦じゃなくて親子だと?」
凛の言葉に、ん?と猫は聞き返す。
「だってお前、生娘だろ」
生娘、という率直な言葉に、凛は顔を赤くする。
「俺たちはそういうの、なんとなくわかるんだよ。なんだ。本当の娘じゃないのか。九尾が手を付けないなんて珍しいな」
「手…」
凛は、見慣れた九尾の寝所を思い出す。
「まあ、なんか事情があるんだな。とにかく座れ。酒飲むか」
猫は、半ば朽ちた囲炉裏ばたに座る。四つ足のままだが、人間のように後ろ足を投げ出すように尻をつき、文字通り猫背で瓢箪を抱えた。
「秘蔵の酒さ」
にやり、と笑い、瓢箪に口を付けてちびちび舐め始める。喉をならし、満足げな顔をしたあと、猫は凛に瓢箪を渡したが、凛はこれまた躊躇している。
「人のまま飲むなら、ぐいっといったらいい」
前足で動作をしてみせる猫を真似て、凛は瓢箪を口元に持っていき、勢いよく傾けた。
喉に、酒が流れ込む。
飲み込んで、しばし。視界が揺らいだ。
「…あれ?」
猫が発する間抜けな声が、なぜだか遠くに聞こえた。酒を飲んだこともないのか?と問われた気がしたので、頷く。
そうだ。
弱いみたいだから飲むなよ、と、九尾に言われたことがある。飲むと解けるから、とも。
「変化が…」
呟いた瞬間、体が縮み、そのまま視界が真っ暗になった。
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