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目が覚めたとき、目の前に見えたのは獣の足だった。
狐の前足は、自分のだ。
「…そうだった…」
酒のせいで変化が解けた挙げ句、そのまま寝てしまったらしい。凛が室内を見回して自分の荷物の所在を確認したところで、声が聞こえた。
「おう。起きたか」
日の光を背にしてあばら家に入ってきたのは、猫だ。四つ足でしなやかに歩いてくるそれが人の言葉を話している様子は、知らない者が見たら腰を抜かすだろう。
「朝は猫なのね」
こちらも狐の姿のまま人語を話す。
「夜も猫だけどな。月の光の下じゃないと、人みたいに立てないんだ」
ふうん、と言って、凛は体を揺する。
一瞬、狭いあばら家の中に砂塵が舞い、狐がいた場所に人間の女が現れた。明るめの茶色い髪に紺の着物姿は、ゆうべ猫と会った時と同じだ。
「見事だな」
猫が感嘆する。
「どうも」
「ちと目立つがな」
これ?と、凛は自分の髪をつまみ、首を回す。
緩やかに顔周りを撫でた髪は、先ほどまでの狐色からあっという間に漆黒に変わった。
ほう、と猫は目を見開いている。
「九尾は、それはそれは見事に化けるとのことだが、お前は娘じゃないんだろう?なのにそれほどの術を身に付けているのか」
「だって、私に変化を教えたのは九尾様だもの」
軽く肩をすくめる凛を、猫はじっと見る。
「…なによ」
「別に」
訝しげな凛の問いを軽く流し、猫はにやりと笑った。
「どうせ暇なんだろう。町を案内してやるよ」
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