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凛が一人、いや、一匹の狐として出歩くのは、村が限度だ。距離もあるが、九尾に固く禁じられているのである。
幼い頃、若侍に化けた九尾が凛を懐に入れて町に連れてきてくれたが、好奇心から脇道に迷い混み、九尾とはぐれてやっとの思いで帰ったことがある。
その時も、えらい剣幕で叱られたのだ。いつもは飄々とした優男が髪を逆立てた様は周囲の者達を怯えさせたが、当の本人である凛は、滅多に見ない九尾の姿を、面白く眺めていた記憶がある。
ふふ、と思いだし笑いをした凛を、猫が不思議そうに見た。
「なんか面白いものでもあったか」
ううん、と笑いながら首を振る。猫と人語で話す様が周りに知れては具合が悪いので、付かず離れず、聞こえるか聞こえないかの声音で会話をしながら、凛と猫は町中を歩いた。
とにかく、町は賑やかだ。
へえ、とか、わあ、など言いながら歩く凛を、何人かが振り返っていく。
「…何か視線を感じるんだけど」
「そりゃそうだろ」
別段不思議ではなさそうな猫の返事にさらに首を傾げながら、凛はあちこち眺めながら歩く。
九尾が作った里にも、店は沢山ある。しかし、凛は九尾と一緒に里の町中を歩いたことはない。
目の前を行く、男女二人をぼうっと眺めていると、その男の方が凛を見た。目が合ったので軽く頭を下げて挨拶すると、男の顔が真っ赤になってしまった。
すぐに女が男を小突きどこかへ行ってしまったが、あまりの慌てぶりに、耳でも出ていたかと凛は髪に手をやる。
「何もおかしくねえよ。成る程、こりゃあ九尾も手を焼くな」
にゃあ、と含み笑いをしながら猫が言った。
「何が」
「何でも」
にやにやしながら先を行く猫を追いかけ、凛は町中を早足で歩く。
「おい、気を付けろよ」
猫が言うのと同時に、誰かと肩がぶつかった。
「盆だからな」
いつもより町に出ている人が多いのかもしれない、と凛は振り向いたが、すでに相手は人混みに紛れたようだ。
向き直ると、猫は人の足元を器用に擦り付けて十歩ほど先を歩いている。
凛は慌てて追いかけたが、猫を見失わないようにすると、せっかく店を見ようとしても通りすぎてしまう。
幼い頃連れてこられた時より景色が流れると感じ、ふと足を止めた。
「なんだ。疲れたか」
猫も足を止めたが、そうではない、と首を振る。
立ち止まり、辺りを見渡した。狐の姿で、九尾の懐から町中を見た思い出が甦った。
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