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9.後生の願い( 4 )
「九尾」
大天狗の低い声が、夕焼けに染まる木立にこだまする。
「なんだ」
九尾が返事をすると、景色が変わった。すでにそこは狐の里だ。
そこからの道のりは大天狗も慣れているので、まっすぐ九尾の屋敷に向かった。
通されただだっ広い座敷の畳の上に、九尾が寝そべっている。
はあ、とため息をついて、大天狗は胡座をかいて座るが、九尾は背中を向け、体を横たえたままだ。
「凛の居場所は、お前もわかってるんだろう」
大天狗の眉間に皺が寄っている。彼とて、親しい友の愛娘が心配なのだ。
「うちの山の烏が、あの子が町にいるのを見たという」
ああ、と九尾も返事をした。
「知っている。猫と一緒だ」
「猫?」
思い当たらず首を傾げる大天狗に、九尾は、化け猫だよ、と面倒そうに言ったが、聞いた彼はかなり驚いたようだ。
「化け…?なんでだ?」
「偶然知り合ったんじゃないか?」
お互い呼び寄せることも多いからな、という九尾の言葉は、化ける性を持たない天狗には理解できない。
「うちのやつが巡回してるときは、わからなかったようだが」
「そりゃあ、昼間は猫だからな」
ますますわからない。
だが、もっと理解できないのは、今の九尾だ。
「迎えに行かないのか?」
九尾は、黙っている。
「危ない目に遇うかもしれないぞ」
まだ、黙っている。
「あの器量だ。既にどこぞの旦那に見初められてるかもな」
九尾の耳が、ぴくりと動いた。
「まあ、俺も、お前にもなびかない凛がどんな男なら惹かれるのか、興味はあるな」
尾が少し持ち上がり、行灯の炎が揺らめく。
「とっかえひっかえ女を抱く育ての父とは違う、誠実な男なら良いが」
すでに、狐の尾がぱたぱたとせわしなく動いている。
「…それとももう、すでに誰かのものになっているか」
ぱたん、と尾が垂れた。
「重症だな」
「…お前案外、人が悪いな」
「人じゃないしな」
「獣は、情が厚いんだぞ」
「それは知っている」
大天狗は静かに言う。
「九尾を見てるからな」
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