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11.山伏と紅(1)
のっぺらぼう。
手にした瓦版を見たとき、烏天狗の伊太は驚いた。
筆ですらすらと描かれた女性の姿、その筆致は顔の部分で急になくなる。
目がない。鼻がない。口もない。
「夜になると、橋のたもとに現れるんじゃて」
修験者の格好をした若者は、山小屋の前から町を見下ろすと、面白がるようにそう言った。
「橋?目がないのに橋を渡ったら危ないだろう」
こちらも修験者の格好をしている伊太は、心配そうな顔をしている。人が善すぎる友人を見て、山伏は大笑いした。
「お前は本当に良いやつじゃの。逆じゃ、こののっぺらぼうが橋で人を驚かすから、慌てて逃げた者が川に落ちるやらで大騒ぎになっちょる。しらんかったのか」
ははあ、と伊太はもう一度瓦版を見た。
「顔のないのっぺらぼうは、昔は他の町でたまに出たそうじゃ。不思議な話よ。人間ではないじゃろうが」
「ああ、長からも聞いたことがあるな。貉が化けている場合もあるらしいが、そもそも俺は貉を見たことがないんだ」
大天狗や九尾の狐ほど長生きだと遭遇したことも何度かあるようだが、まだ25、6年ほどしか生きていない伊太は、一族の中ではひよっこだ。
「おれは、貉におうたことはある。ずんぐりした狸のようなやつじゃ。悪さしとったがな、根は悪くなかった」
くくっ、と、山伏は思い出し笑いをしている。
この山伏は、たまに山奥までやってくる。
隣の山との境あたりに沼があり、少し先の滝で修行をしていた彼とは、山あいを飛び回っていた伊太が羽を休めようとたまたま降りたった時に出会った。
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