11.山伏と紅(1)

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「そうだ、(ぬい)は、紅は引かないのか?」 縫の顔が、さっと赤くなる。今年で23になるのに、男っ気もなく、見せる相手もいないからと、化粧もしない。 「…急に何を」 「いやあ、のっぺらぼうは紅を引けばどんな美女にもなると、山伏が言うからさ。のっぺらぼうすら紅を引くのに、可愛いお前が化粧しないのは勿体ないだろ」 伊太(いた)は悪気なく、そして無意識に誘い文句を言う。 「…可愛い…って…」 「町のおなごよりお前のほうが可愛いと、俺はいつも思ってるが」 縫は、もう何も言えない。この幼なじみの鈍感さにいつも苦労しているのだ。 しかし、伊太(いた)自身の気持ちは自分のそれとは違うだろうと、縫も自分の気持ちを伝えるのを躊躇していた。 のっぺらぼうは、(むじな)が化けたものだという。女の姿になるということは、雌なんだろうか。 「どうせ化けるなら、とびきりの美人に化けたらいいものを」 うん?と不思議そうな顔をする伊太にもう返事はせず、縫は立ち上がる。 目線が並んだ。 小柄な伊太と同じくらい、縫は女子にしては背が高い。 そんなことは意にも介さない伊太に、行くか、と笑顔で促され、縫は頷く。 「宜しくな、縫」 今、二人は修験者の装束ではなく、町人のような着物姿だ。 伊太は、縫の手に小さなものを握らせた。 町で売られている、紅が入った合わせ貝。 「これからしばらく、町では恋人だ」
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