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「そうだ、縫は、紅は引かないのか?」
縫の顔が、さっと赤くなる。今年で23になるのに、男っ気もなく、見せる相手もいないからと、化粧もしない。
「…急に何を」
「いやあ、のっぺらぼうは紅を引けばどんな美女にもなると、山伏が言うからさ。のっぺらぼうすら紅を引くのに、可愛いお前が化粧しないのは勿体ないだろ」
伊太は悪気なく、そして無意識に誘い文句を言う。
「…可愛い…って…」
「町のおなごよりお前のほうが可愛いと、俺はいつも思ってるが」
縫は、もう何も言えない。この幼なじみの鈍感さにいつも苦労しているのだ。
しかし、伊太自身の気持ちは自分のそれとは違うだろうと、縫も自分の気持ちを伝えるのを躊躇していた。
のっぺらぼうは、貉が化けたものだという。女の姿になるということは、雌なんだろうか。
「どうせ化けるなら、とびきりの美人に化けたらいいものを」
うん?と不思議そうな顔をする伊太にもう返事はせず、縫は立ち上がる。
目線が並んだ。
小柄な伊太と同じくらい、縫は女子にしては背が高い。
そんなことは意にも介さない伊太に、行くか、と笑顔で促され、縫は頷く。
「宜しくな、縫」
今、二人は修験者の装束ではなく、町人のような着物姿だ。 伊太は、縫の手に小さなものを握らせた。
町で売られている、紅が入った合わせ貝。
「これからしばらく、町では恋人だ」
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