11.山伏と紅(4)

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「なんじゃ、羽織を返しにきたんじゃ、なかったんか」 山伏は、山小屋の入り口に立つ縫を見て少し驚いたように言い、笑った。 先ほどまで暗い山道を歩いてきたので、小屋の中の微かな灯りさえ眩しい。すでに夕飯は済んだらしく、食べ終わった魚の骨が焚き火に埋もれるように灰になっていた。 山伏は、空手(からて)で気まずそうにしている縫に優しく声をかけた。 「羽織は縫にやると言ったんじゃから、気にせんでええ。嫁入り道具みたいなもんじゃ」 縫の顔が真っ赤になった。それを見て山伏はおかしそうに笑う。 「うそじゃ。だったらええなと思うてな」 そう言って、顔を近づけてくる。 「羽を畳むと、ほんに人と変わらん。いや、人間の娘よりはるかに綺麗じゃ」 縫は、山伏を見上げる。 伊太より、拳ふたつ分くらい背が高い。近くで見る顔は目鼻立ち全てが整っており、男が見ても見惚れてしまうのではと思うほど、なまめかしい。 「夜更けに、男一人しかおらんところに一人で行くなと、幼なじみに教わらなかったか?」 小屋の中に招き入れ、両手で、立ったままの縫の肩を引き寄せる。 「やっぱり、紅がよう似合うの」 縫は、動かない。 その強ばった紅い唇に、山伏は自分の整った薄い唇をゆっくりと重ねて、軽く口を開かせた。 山伏の手が、縫の体をたどる。縫はしばしじっとしていたが、とうとう抗いきれずに山伏の背中を掻き抱いた。無意識のうちに男の背に爪を立てる。傷跡が、指に触れた。 「一緒に、暮らそうぞ」 笑みを含んだ優しい声が、耳元で囁く。返事をする代わりに、縫はその引き締まった体に身を預けた。
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