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9.後生の願い( 2 )
化け猫騒動は、なおも続いていた。
そして、村に出没する猫と町に出没する猫は、同じらしい。
「つまり、1匹があちこちさまよっているということなんだが」
そこで、大天狗は言葉を切った。
目の前には、九尾がいる。珍しく彼から天狗の山に出向いてきたのは、化け猫がこのふもとの村に出るからだ。茶を飲みながら話でも、と招き入れると、九尾は億劫そうに縁側に体を横たえた。
「寄る年波には勝てんな、九尾。そろそろ引退したらどうだ」
大天狗が茶をすすめると、九尾はゆっくり起き上がり湯飲みに口をつける。
「美味いな」
「うちのが淹れたからな」
「惚気か」
「そう言わないとあとが怖い」
なるほど、と九尾がもう一口茶をすすると、烏天狗が、小さな天狗を抱いて縁側にやってきた。
大天狗の、妻と子供である。
よしよし、と九尾が手を伸ばすと、小さな天狗はおとなしく体を預けてきた。
九尾の子供たちは、既に成獣になり、あちこちで好き勝手過ごしている。そして、もう何年も子は作っていない。
「九尾様は、正妻を娶らないの?」
烏天狗が、微笑して言う。狐の長の色男ぶりはかなり有名だが、少なくとも大天狗や烏天狗が知る限りは、正妻を持ったことはないはずだ。
「一人に絞れたら良いんだがな」
煙に巻いて話を終わらせようとした九尾だが、あら、と、間髪を入れずに烏天狗が言う。
「凛がいるじゃありませんか。そのつもりでずっと手元に置いているんでしょう?」
ああ、と九尾はわざと素っ気なく言う。
「あれは、娘だ」
「実の娘を、あんなにずっと傍に置いたことはなかったでしょうに」
参ったな、と、今度は頭をかいた。
しかし、照れというよりは困惑だ。
「妻にしようと思って育ててきたわけじゃない。しかし、そもそも娘にしようと思って拾ったわけでもないからな…」
ここに来たのは、どうやら化け猫の話を聞きにきただけではないようだと、先ほどからの九尾の態度に大天狗も合点がいった。
九尾は唸った。顎に手をやり、しばし瞑目する。
「だからさっさと抱けば宜しいのに。あれはかなり魅力的でしょう?」
烏天狗は率直だ。大天狗が妻の前ではなかなか言いづらいことを、妻本人はさらりと口にする。
「そこがな…」
更にくちごもった九尾に、大天狗が問う。
「よそにやるのか?」
いや、と、否定とも相槌とも言えない返事のあと、しばし間を置いて九尾は口を開いた。
「あいつが他の男に取られたら、俺は泣く。だから悩むんだ」
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