11.山伏と紅(5)

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伊太は、女のあとを歩いている。 昼間でもうっそうとした林の中を、女は時折立ち止まりながら、進む。 何か、記憶の手がかりはないものか。物なのか、人なのか、それすらわからずにひたすら歩く。 女は、伊太はわかりやすい、と言う。 「おなごの烏天狗が何をしているか、気になるだろう」 責めるわけではなく、からかうような女の物言いに、伊太も心を見透かされたようで、なんとも気まずい。しかし、それは幼なじみとしての心配なのも事実だ。 「幼なじみというのも、厄介だな」 ふふ、と、笑われた。女というのも厄介だ、と伊太は苦笑した。 「あのおなごは、良い娘だ」 そう言って、着ていた羽織の袖をつまむ。あの晩、暗闇でしか見ていない伊太には、これが山伏のものとは一目ではわからなかったようだ。 「あの娘と寄り添えるものは、さぞ幸せだろう」 伊太は、頷いた。 「俺のような鈍い男より、縫の気持ちを汲むことのできるやつはどこかにいるだろうな」 自嘲気味に笑う伊太のほうを向き、女もおかしそうに肩を揺らす。 「鈍い、か。そうだな。鈍いくらいがちょうどいい」 見えない割には迷いなく歩く女の足元に、不恰好に曲がった枝が横たわっている。 伊太が危ない、と思ったとき、女は枝を自然な仕草で跨ぎ、再び歩く。 気配を感じるのだろうか。 女の勘というやつか、そう伊太は思い、そんなことを考えた自分が可笑しくなった。 「女の勘か」 伊太が、立ち止まった。言ったのは、女である。今自分が思い浮かべた言葉は、行動や会話から予想できる類のものではない。 伊太の背筋がすうっと冷えた。 「伊太」 優しい、女性の声だ。狐か、貉か。 「狐でも、貉でもない」 そうか、そうなのか。 「お前は、人の頭の中を読むのか」 あえて口に出した伊太の言葉に、女は頷いた。 「しかし私も」 女が言った。 「私も、真に人の気持ちを読むのは、得手ではない」 面を付けていて見えないはずの表情が曇り、嗚咽をもらした。女が口元を袖で覆うと紅が取れたが、何もない口元から、悲壮な声がする。 肩を抱こうとしたが、躊躇われた。 心を読めるもののけが、他の者への気持ちで心をかき乱されている。 伊太は空虚を感じた。おのれには、わからないことだ。 もののけの女を憎いと言った山伏の顔と、いまだ妹のように愛しい縫の顔が、思い出された。
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